心臓や肺を「元に戻せる薬」の治験が視野に、再生医療の最前線
シャーレで培養される幹細胞。幹細胞は、病気で損傷した組織を発生・修復させる細胞を含め、体内のあらゆる種類の細胞に分化できる。(PHOTOGRAPH BY MASSIMO BREGA, SCIENCE PHOTO LIBRARY)
1986年の映画『スター・トレックIV 故郷への長い道』には、船医のドクター・マッコイが透析を受けている患者に1錠の薬を飲ませると、たちまち新しい腎臓ができてくるという場面があった。これは再生医療の見果てぬ夢だが、実現するのはなかなか難しい。
病気によって心臓や肺などの重要な臓器が傷ついた場合、医師はせいぜい損傷の悪化を食い止めることしかできない。けれども今、30年におよぶ試行錯誤の末に、患者の体内の幹細胞を活性化させて臓器を修復させる治療法が実現する可能性が高まってきた。
幹細胞は、機能を持つ細胞のもとになり、組織の成長や修復を担う細胞を生み出す。米国の非営利研究機関、スクリプス研究所は、薬を使って体内の幹細胞を増殖させる、まったく新しいアプローチを開発している。すでにこの手法によって、実験室の細胞、マウス、ブタ、数人のヒトの死んだ組織を蘇らせることに成功している。
一方、実験室(体外)で再プログラミングした幹細胞を移植して新しい組織を成長させる従来のアプローチで、ようやく成功を収めつつある研究者たちもいる。
順調にいけば、これらの手法でいつの日か、変形性関節症など、老化と関連した深刻な病気を抱える人々の生存期間と生活の質を劇的に改善できるだろう。
今ある薬の多くは、肺や心臓を損傷させる病気の進行を遅らせる効果しかないが、新しい薬の目的は損傷を回復させることにある。「私たちはあと2〜3年で、肺や心臓の損傷を回復させられるようになる可能性があります」と、スクリプス研究所の最高経営責任者(CEO)兼社長であるピート・シュルツ氏は言う。
この治療法の研究に携わる科学者は皆、安全性と有効性を確認するためにはまだヒトでの実験が必要であり、医療技術として承認されるまでに10年はかかるだろうと言っている。それでも彼らは、再生医療は多くの失敗を経て、ようやく峠を越えたと考えている。(参考記事:「ブタがあなたの命を救う日、世界が注目した「異種移植」」)
体内の幹細胞を刺激する
スクリプス研究所では、薬の候補となる膨大な種類の分子の中から、臓器にある幹細胞(体性幹細胞)を刺激する分子を探し、肺、心臓、関節、目の健康な幹細胞を増殖させる物質を特定した。
下気道の2型肺胞上皮細胞(AEC2)という幹細胞は、酸素と二酸化炭素とのガス交換を行う重要な細胞を作っている。健康な人の体内では、損傷したガス交換細胞は新しい細胞とどんどん置き換えられてゆくが、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や特発性肺線維症(IPF)などの病気で、あるいは山火事の煙や新型コロナウイルス感染症などで肺が傷ついた人では、この置き換えプロセスが阻害されてしまう。
スクリプス研究所で開発中の薬は、このAEC2細胞を活性化させる。