コラム:「空前」だが「絶後」ではないトルコリラ安、反発の条件を探る=植野大作氏
[東京 14日] - トルコリラ/円の下落が続いている。4月25日には一時3円56銭と、3月19日に記録した史上最安値の3円61銭を瞬間的に再び更新する場面が目撃された。トルコリラ/円相場が過去最安値を更新するのは、今年の2月以降、3カ月連続の出来事だ。
その後はようやく下げ止まり、歴史的安値圏での押し目買い興味が散見されると自律反発に転じたが、3円80銭台では戻り高値にブレーキが掛かり、上値の重い印象を否めない。
世界有数の親日国であるトルコの通貨リラは、世界有数の低金利国に暮らす日本人から見て金利の水準が非常に高いこともあり、日本のFX業界での買い持ち比率が9割を下回ることは滅多になく、外貨建ての投資信託などを通じた本邦投資家の人気も高い。にもかかわらず、リラ安が止まらないのは何故だろうか。
トルコリラ安進行の背景は明白だ。一時に比べて減速したとはいえ、トルコの消費者物価指数(CPI)で測定されるインフレ率は今年4月に前年比プラス37.86%と、日本の約10倍という猛烈な速度で上昇している。このため、時の経過とともにトルコリラ円の購買力平価はリラ安方向にシフト、名目為替レートには恒常的な値下がり圧力が掛かっている。
また、トルコの経常収支は概ね赤字基調なので、国内資金の海外流出を抑制しながら海外からの安定的な資金流入を呼び込むために必要十分な高金利を維持しなければ、通貨の価値が安定しにくい。
にもかかわらず、トルコの中央銀行は昨年3月に50%まで引き上げた政策金利の水準を維持するのをやめて、昨年12月下旬から利下げを開始。年末またぎの3会合連続で政策金利を累計マイナス7.5%ポイントもカットして、3月6日には42.5%まで引き下げた。
その後、エルドアン大統領の最大の政敵であるイマモール・イスタンブール市長の逮捕劇が引き金になって起きた政治の混乱が嫌気され、世界の主要通貨に対してリラが暴落すると利上げに転じ、政策金利を46.0%まで引き上げたが、利下げ開始前の水準だった50.0%には戻っていない。このため、トルコ中銀が急激なリラ安の進行は望ましくないと判断しているものの、緩やかなリラ安の進行ならば容認しているのではないかとの見方が市場に広がっている。
現在、トルコのインフレ率は変動の激しい食品と燃料を除いた4月分のデータで前年比プラス37.12%と昨年5月に記録した直近ピークの同プラス75.45%の半分程度まで下がっている。このため、トルコ中銀が昨年3月に50.0%まで引き上げた政策金利を下げるのをもう少し我慢していれば、追加利上げを実施しなくても実質金利は12.9%界隈へ上昇、リラ安圧力をブロックする防潮堤の高さは自然に上がっていたはずだった。
現在、通貨オプション市場が織り込むトルコリラの向こう1年間の予想変動率が、対米ドルでと対ユーロの平均で20%台前半にあることを加味すると、グローバルに拡散しているトルコリラの先安観を収束させるためには、トルコ中銀が政策金利の水準を毎月のインフレ実績より少なくとも20%以上の高さまで引き上げて、その状態を1年程度は維持する必要があると思われる。
その結果として、前年比でみたリラ安の進行に歯止めが掛かれば、トルコ国内のインフレ率と外国為替市場におけるリラの予想変動率がセットで低下、通貨価値の安定を損なわずに大幅な利下げに転じる余地が生まれる可能性がある。
トルコの中央銀行が、「利下げによってインフレを抑制する」という世界的に見ても類例を見ない金融政策の運営方針を改めて「利上げによるインフレ制御」にかじを切ったのは2023年6月の出来事だった。トルコリラ安反転のメサイアが現れたとの期待が強まっていただけに、インフレ率の十分な低下による実質政策金利の自然体での上昇が定着する前に利下げに踏み切ったのは残念だった。
今のところ、トルコの主要政策金利である1週間物のレポレートから基調的なインフレ率を控除して求められる実質金利の水準は、「46.00%-37.12%=8.88%」界隈に留まっている。トルコ中銀がインフレ制御に必要な利上げ姿勢を明確にしなければ、リラに底入れ感は広がり難く、歴史的安値圏での下値不安を払拭できない状況が続きそうだ。
ここで改めて、世界3大通貨に対するトルコリラ相場の歩みを暦年足チャートで振り返ると、対米ドルでは2020年から6年連続、対ユーロと対円でも23年から3年連続で過去最安値を更新している。「空前」のリラ安が進んでいるが、「絶後」であるとは言い切れない雰囲気が漂っている。
トルコ中銀が度重なるリラ安騒動の原因になっていた「実質マイナス金利政策」と決別したことは素直に評価できるが、高インフレ体質の改善と趨勢的な通貨安圧力の除去に必要な実質金利のプラス幅が確保されているようには、まだ思えない。
蛇足になるかもしれないが、トルコ中銀が掲げる長期のインフレ目標は5%、今年末のインフレ目標は24%と4月実績の37.42%からかなり乖離(かいり)している。物価の安定を最優先に掲げた利上げ姿勢を国内外に示すことで、「通貨価値の番人」としての市場の信認を取り戻すことができるか否か、引き続き、トルコ中銀の金融政策運営に注目したい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
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