ロシアによる性暴力で虐げられた元捕虜の男性、今もトラウマで息子や妻と触れ合えず
【キーウ=倉茂由美子】ロシアで捕虜となり、性暴力で虐げられた元ウクライナ兵のイーホル・シシコさん(41)は「この傷を一生抱えていくことになる」と覚悟している。家父長的な価値観が根強いウクライナでは男性として自信を失い、トラウマが経済的困窮や家庭崩壊につながるケースが多く、深刻な問題となっている。
「ウクライナ人はゲイ文化の欧州が好きなんだろ。お前らはみんなゲイだ」
シシコさんが露西部ウラジーミル州パキノの刑務所で拘束されていた間、看守らから度々浴びせられた言葉だ。当初はシシコさんら2人が性暴力を受けていたが、次第に監房の15人全員が標的となった。
シャワーを浴びる金曜は「地獄」だった。数時間にわたって全裸のまま犬の交尾のまねをさせられた。大勢の看守や医師らが集まり、「サッカー観戦のように騒いで楽しんだ」という。捕虜を支配するだけでなく、ストレス解消にも利用されたようだった。赤十字の視察の際には、こうした実情は覆い隠されたという。
捕虜たちは精神的なバランスを失っていた。大学教授だったという男性は、意味の分からない言葉を発し、隅で膝を抱えて泣くようになった。自殺を試みようとする男性もいた。「露軍の戦況が芳しくないいら立ちの表れだ」。シシコさんはこう分析することで正気を保ったという。
昨年5月に捕虜交換で帰還し、長い暴力の日々は終わったはずだった。しかし、今もトラウマでその場面に引き戻される。
人と接触するのが怖くなり、息子たちに抱きつかれると脂汗が出て息苦しくなる。妻(39)とも触れ合えなくなった。シャワーで冷たい水が出ると「地獄の金曜」を思い出して体が震える。
ウクライナ当局の発表によると、昨年11月時点で侵略による性被害者の補償制度に男性302人、女性233人が登録している。検察への被害届は女性のほうが多く、補償制度登録では男性が上回るが、いずれも被害は氷山の一角だ。
男性被害者支援に取り組むウクライナのNGO「ブルーバード」によると、性暴力を受けた男性は被害を打ち明けられず、トラウマを深刻化させるケースが多いという。地方を中心に残る家父長的な価値観が背景にある。
神父、抗うつ剤今も
露占領下で受けた性被害について語るチュディノビチ神父(2024年12月、イルピンで)=倉茂由美子撮影セルヒー・チュディノビチ神父(51)は2022年3月、露占領下の南部ヘルソンで被害を受けた。露軍が当初手出ししなかった教会は地元住民が集まる場となり、反抗する住民に手を焼く露軍にとって「脅威の拠点」と受け止められたという。神父は「住民を服従させるため中心にいた私を無力化する方法をとった」とみている。
3月下旬、教会に押し入った「警察官」を名乗る数人に連行された。露側は懐柔のため住民に物資を与えようとしても拒否されており、「物資を受け取るよう説得する動画を流せ」と命じた。SNSで人気だった神父の影響力を利用しようと試みたようだが、神父が「そんなことをしても誰も従わない」と拒否すると怒りを買った。
男らは神父を激しく殴った後、ズボンを下ろしてひざまずかせ、後ろから警棒を押しつけた。神父は激痛と恐怖で泣き叫んだ。「我々に協力するか」と聞かれ、いったん応じるしかなかった。教会とつながるウクライナ部隊の引き渡しを命じられたが、従わなかった。帰宅を許されると、「去るしかない」と決意を固め、街を出た。
性暴力を受けてから連日のように当時を思い出し、意識がもうろうとすることがある。今はキーウ近郊イルピンの教会を拠点とするが、抗うつ剤と睡眠導入剤を飲み続けている。「精神は打ちのめされ頭は常に混乱している」。うす暗い教会の中で打ち明けた。
取材に応じた被害者たちはロシア側の非道を広く知らせるため、実名での報道を希望している。