藤井 風「Hachikō」レビュー:マルチカルチュラルな感性とセンス、新機軸のダンスミュージックに宿る自信
藤井 風が9月5日に新アルバム『Prema』をリリースすることを発表し、同作収録の新曲「Hachikō」を先行公開した。
昨年10月に放送された特集番組『藤井 風 ~登れ、世界へ~』(NHK総合)にて、自身初の試みとなる全曲英語詞のオリジナルアルバムを制作中だということが明かされたが、制作は難航し、行き詰まってる様子がカメラに捉えられていた。それゆえに、今こうして軽快なビートに乗せていきいきと歌っている彼の姿に、多くのファンが歓喜したはずだ。なにより、この曲から聴こえてくる心が弾むようなサウンドと、リリックにある〈Take you anywhere I’m ready(どこへでも連れて行くよ、準備はできてる)〉、〈This time I’ll never let you go(今度は絶対に君を離さないよ)〉といった自信に満ちた言葉の数々に、何か吹っ切れたような心地よさを感じる。やはり彼は前に進むことを選んだようだ。
歌詞はすべて英語で、忠誠心に対するリスペクトと愛が歌われている。そんな中、ひときわ耳に残るのが、冒頭から何度も繰り返される〈Doko ni ikō Hachikō(どこに行こう ハチ公)〉というフレーズである。英語とも日本語とも言いきれない独特のイントネーションで歌うこの一節を、あえてフックに持ってくるあたりに、彼のマルチカルチュラルな感性が見て取れる。音楽シーン的な視点で見れば、近年急増している日本語を使った洋楽ポップスのトレンドに沿った作りとも言えるわけで、海外のリスナーも十分に楽しめるグローバルな仕上がりとなっていると言えるだろう。しかも、イントロのカウントが「ワン・ニー・サン・ゴー」という英語と日本語(と犬語?)が混在した風変わりな言い回し。これにはさすがにズッコケそうになったが、こうした遊び心こそ藤井 風であり、誰にも真似できないセンスだ。
欧米〜日韓の精鋭が名を連ねる制作陣も見逃せない。シーアやアデル、デュア・リパといった名だたるポップスターたちの作品に参加してきたカナダ出身のトバイアス・ジェッソ・Jrが共作曲で参加し、過去にジャスティン・ビーバーやセレーナ・ゴメス、最近ではタイラなどの作品に関わってきた米国のノーラン・ランブローザもプロデュースにクレジットされている。なかでも注目なのは、NewJeansのサウンド面を担う韓国のプロデューサー、250の起用だ。ここ数年のK-POPの躍進をサウンド面で支えていると言っても過言ではない250とのタッグは、世界を視野に入れる藤井 風チームの強い意識の表れと言えるだろう。
こうしたグローバルなミュージシャン/クリエイターたちとともに作り上げられた本作は、元をたどると2022年4月に行ったロサンゼルスでのコライトセッションまで遡るという。その際にトバイアスから「日本語の入った曲をやってみないか」との提案があり、そこで作ったトラックが本曲の原型になっているという(※1)。「忠犬ハチ公」がテーマに選ばれているのはこうした経緯によるもので、おそらく藤井ひとりで作曲していたら思いつかなかったアイデアだと思う。まさにコライトセッションだからこそ生み出せた楽曲だ。