人間の脳は、異なる2つの“部品”からつくられていた:研究結果
脳は前脳、中脳、後脳の3つの領域に分けられる。このうち前脳は言語や意識、抽象的な推論などの高次機能をつかさどり、頭蓋骨の後部に位置する後脳は呼吸や心拍数の調節、睡眠といった生命維持に必要な機能を担う。顔や舌、喉の筋肉の制御も後脳の役割だ。
これまで前脳や中脳の細胞をつくり出す取り組みにおいては、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いてつくり出す手法で多くの成功例がある。しかし、後脳の一部の神経細胞を分化させる手順は確立されていなかった。
こうしたなか、前脳と後脳とがまったく異なる前駆細胞から発生することをスタンフォード大学の研究チームが突き止め、このほど学術誌『Nature Neuroscience』で発表した。つまり、前脳・中脳とは別の道筋をたどらせることで、これまで難しかった後脳の神経細胞を幹細胞から狙ってつくり出せる可能性が開けてきたというわけだ。
最初の2日間で分かれる運命
研究チームが着目したのは、動物の発生初期に起こる「原腸形成」である。これは胚の細胞が大きく移動しながら、将来の神経や皮膚、筋肉、内臓などのもとになる3つの層に分かれ、体の基本的な形ができ始めるプロセスだ。この時期のマウスの胚の細胞を解析した結果、将来的に脳になる細胞は、発現する遺伝子(Otx2またはGbx2)によって初期段階で明確に2種類に分かれることがわかった。
目印をつけた細胞の子孫がどこに行き着くかを追跡する系譜追跡の手法で調べたところ、Gbx2を発現する細胞群は発生が進んでも後脳にのみ局在し、前脳や中脳には認められなかった。また、16個の胚で約500個の細胞集団をランダムに追跡したところ、細胞クラスターの約96%は前脳/中脳または後脳のいずれか一方にのみ存在していた。つまり、原腸形成の終わりまでには大半の細胞で「前脳/中脳」になるか「後脳」になるかの運命はすでに決定していることがわかったのだ。
また研究チームは、ヒト多能性幹細胞を後脳の細胞へと誘導する培養系を確立した。従来の「前脳/中脳」への誘導法に加え、シグナル分子である「FGF」とビタミンAの代謝物質であるレチノイン酸と同じように作用する化合物を与えることで、細胞は後脳の目印であるGbx2を発現したのである。
この運命の決定は、極めて強固だった。例えば、「前脳/中脳へと誘導するシグナル」を与えて培養を始めてから2日目の細胞に「後脳へと誘導するシグナル」を与えても、後脳の性質を獲得することはなく、逆もまた同様だった。
体外で幹細胞から神経細胞を誘導するには、通常は数週間から数カ月を要する。その際に前脳/中脳もしくは後脳のいずれに誘導されるのかは、ヒト多能性幹細胞では最初の2日間ですでに決定していたというわけだ。また、この運命が決定する背景には、DNAの折り畳み構造である「クロマチン」の状態の違いが関与していることも明らかになった。
「これまで後脳の神経細胞をつくろうとした試みは、おそらく前脳/中脳の前駆細胞を後脳の細胞に変えようとしていたのでしょう。今回の研究は、それが不可能であることを示しています」と、論文の共同筆頭著者で大学院生のライヤン・ジョカイは説明する。「幹細胞生物学では、神経細胞のような最終的な細胞をつくることばかりに目が向きがちです。しかし、胚発生の最も初期の段階から始めることが重要なのです」
5億年以上続く“2つの部品”という設計図
この知見をもとに研究チームは、ヒト多能性幹細胞から後脳の運動神経をつくり出すことに成功した。今回つくられたのは、後脳のなかでも顔面や咽頭の筋肉を支配し、嚥下動作をつかさどる運動神経であり、これまでは作製が困難だった。