フランス下院、バイル首相の信任投票否決 新たな政治危機に
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フランス国民議会(下院)で8日、フランソワ・バイル首相(74)に対する信任投票が行われ、364対194の反対多数で否決された。バイル氏は9日にも、エマニュエル・マクロン大統領に内閣総辞職を申し出る見通し。大統領府は、「数日以内」に後任の首相を指名するとしているが、フランスは新たな政治危機に陥った格好だ。
バイル首相の少数与党政権は、フランスの膨れ上がる公的債務に対処するため、440億ユーロ(約7兆6300億円)の歳出削減を求めていたが、世論や野党の支持を得られなかった。
後任首相に誰を選ぶかについては、中道右派から指名する案、左派へ方向転換し社会党と協調可能な人物を起用する案、あるいは議会を解散して総選挙を実施する案などが挙げられている。
一方、極左政党「不服従のフランス」はマクロン大統領自身の辞任を求めているが、多くの評論家はその可能性は低いと見ている。
今回の信任否決により、フランスは過去2年足らずで5人目の首相を迎えることになる。マクロン大統領の第2期を特徴づける迷走と、国民の幻滅を浮き彫りにする形となっている。
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バイル氏の失脚は、フランスの債務問題をめぐる緊急の信任討論に内閣の命運を賭けたことが発端となった。
バイル氏は夏の間、「存亡」の危機がフランスに迫っているとして、3兆4000億ユーロ(約590兆円)の債務に対処する必要があると警告し続けていた。
政府によると、2025年初頭の時点で公的債務は3345億ユーロと、国内総生産(GDP)の114%まで達した。
この水準はユーロ圏内ではギリシャ、イタリアに次いで3番目に高く、国民1人あたり約5万ユーロ(約870万円)に相当する。
昨年度の財政赤字はGDP比5.8%で、今年度も5.4%に達すると見込まれており、歳入不足を借入で補う形で公的債務は今後も増加する見通しだ。
2026年度予算案では、国民の祝日を2日廃止し、福祉給付と年金の凍結を提案。これにより440億ユーロの歳出削減を目指していた。
しかし、財政破綻の予言が野党勢力を説得するとの期待は、たちまち砕かれた。
各政党は、8日の信任投票をバイル氏およびその背後にいるマクロン大統領との決着の場と見なしていると、姿勢を明確にした。
国民議会で過半数議員の支持を得ていないバイル氏は、左派と極右勢力が結束して反対に回ったことで、退陣が避けられない状況となった。
一部の評論家は、バイル氏の失脚を政治的な自殺と評している。信任投票を前倒しで実施する必要はなく、今後数カ月をかけて支持を固めるという選択肢もあったとされている。
信任投票に先立つ演説でバイル氏は、政治よりも歴史に目を向けていることを明言し、「フランスが財政的自律性を失えば、将来の世代が苦しむことになる」と議員らに訴えた。
また、「債務への服従は武力への服従と同じだ」と述べ、現在の債務水準は「若者を奴隷状態に陥れる」と警告した。
「皆さんには政権を倒す力があるかもしれない。しかし、現実を消し去ることはできない」
しかし、こうした警告が国民議会やフランス社会全体に影響を与えた様子は見られない。左派および極右の議員らは、フランスの現状を招いた自分自身の責任や、マクロン大統領の責任を、首相が覆い隠そうとしていると非難した。
国内では、バイル氏の分析に対する反響も乏しかった。世論調査では、債務管理を国家の最優先課題と見なす国民は少数だという結果が出ている。世論調査では、財政赤字削減よりも、生活費の高騰、安全保障、移民問題の方が重視されている。
「すべてを阻止しよう(Bloquons Tout)」と名乗る運動団体は、マクロン政権の政策に抗議する座り込みやボイコット、デモを11日から開始すると予告している。さらに18日には、複数の労働組合が抗議行動を呼びかけている。
経済アナリストの多くは、フランスが今後数年間で巨額の財政的課題に直面するとみている。国債の利払い費用は、2020年の300億ユーロから、2030年には1000億ユーロを超えると予測されている。
財政の引き締めが求められる一方で、マクロン大統領は国防費の増額を約束しており、左派および極右の野党勢力は、退職年齢を64歳に引き上げた最新の年金改革の撤回を要求している。
バイル氏は昨年12月、ミシェル・バルニエ氏の後任として首相に就任した。バルニエ氏は予算案の国民議会通過に失敗していた。
バイル氏は社会党との不可侵協定によって予算案の可決に成功したが、最新の年金改革をめぐる会議で社会党の要求が考慮されなかったことから、両者の関係は急速に悪化した。
保守派のバルニエ氏、中道のバイル氏が共に失敗したことを受け、マクロン大統領が左派の首相に方針転換するとの見方も一部で浮上している。
左派からは、国民議会に66人の議員を抱える社会党のオリヴィエ・フォール党首の名前が挙げられている。また、ベルナール・カズヌーヴ元首相や、現在は会計検査院長官を務めるベテランの元閣僚、ピエール・モスコヴィシ氏も候補に挙がっている。
しかし社会党は、マクロン氏が掲げる企業寄り政策からの全面的な決別と、年金改革の撤回を求めている。これは、マクロン氏の政治的レガシーを否定することに等しいとされている。
このため、マクロン氏はまず自分の陣営内から後任を選ぶ可能性が高いと見られている。候補としては、マクロン氏率いる政党「再生」に所属するセバスチャン・ルコルニュ国防相、カトリーヌ・ヴォートラン労働相、エリック・ロンバール財務相などの名前が挙がっている。
また、先に共和党党首となったブルーノ・ルタイヨ内相や、ジェラルド・ダルマナン司法相が選ばれる可能性もある。