中国は旧敵国条項で日本を攻撃できるか 国際法学者・浅田氏「軍事行動の根拠にならない」

国連総会の一般討論演説を行う高市早苗首相=9月22日、米ニューヨーク(ロイター)

高市早苗首相が国連総会で早急な削除を求めた国連憲章の「旧敵国条項」。中国は昨年11月、日本に対し、安全保障理事会の許可を得ずに直接軍事行動を取る権利を国連憲章が認めていると主張した。旧敵国条項に法的拘束力は残っているのか。国際法学者の浅田正彦・同志社大教授に聞いた。

同志社大の浅田正彦教授(本人提供)

──旧敵国条項は一般に「死文化している」と説明されるが、条文は残っている。法的拘束力はあるのか

「条文が残っているからといって、国連憲章の他の規定とまったく同じ法的拘束力があるとはいえない。条約が残っていても、長期間にわたって適用されず、当事国も適用しないものとして扱っている場合に、その条約が実質的な効力を失う『廃用』という考え方がある。条約の個々の規定についても同様の考え方が当てはまりうる」

「さらに、1995年に国連総会が旧敵国条項を『時代遅れ』であるとして、削除する意図を表明する決議を採択し、2005年の国連60周年首脳会合の成果文書では削除すると『決意』した。中国は95年の決議に賛成投票しているし、05年の成果文書はコンセンサスで採択されている。中国もその合意に加わっている。この意味は非常に重い」

──では、中国が旧敵国条項を根拠に日本への軍事行動が可能だとする主張は、間違いなのか

「100%間違いだというのは、法律家としてはなかなかいえない。条文そのものが形式的に残っている。99%間違っていても、実際に規定がある。ただ、規定が残っていることと、現在もその規定をそのまま適用できることは別の問題だ」

中国単独の軍事行動「根拠にならない」

──中国大使館は昨年11月、日本が再び侵略政策を取った場合、中国などには安保理の許可を得ずに直接軍事行動を取る権利があるとの趣旨をX(旧ツイッター)に投稿した。この解釈は成り立つのか

「そこには非常に問題がある。国連憲章は武力行使を原則として禁止している。53条の敵国条項だけを取り出して、現在の国際社会で中国が日本に対して自由に武力行使できるという話にはならない。武力行使禁止規則の発展が、旧敵国条項を上書きしたという『後法優先』の考え方もありうる」

──53条には、安保理の許可を必要としない例外がある

「53条は、第二次大戦の旧敵国が再び侵略する事態に備えたもので、地域的取極による措置という限定もある。しかも、国連が侵略防止に責任を負うまでという戦後の過渡的な規定だ。国連発足80年後に適用できるような規定ではない。現在も中国が単独で日本に直接軍事行動を取れるという根拠にはならない」

日本は「平和愛好国」として加盟

──そもそも現在の日本を「敵国」として扱えるのか

「国連憲章では、国連に加盟できるのは『平和愛好国』とされている。日本は1956年に国連加盟を認められた。安保理と国連総会の双方が全会一致で『平和愛好国』と認めた。その国をいつまでも旧敵国として扱うというのは整合しない」

「国連憲章には加盟国の『主権平等』という原則もある。国連加盟後も、一部の加盟国だけを旧敵国として二級の加盟国のように扱い続けるのは、主権平等との関係でも問題になる」

──日本は53条の解釈を正面から主張すべきか

「そこは注意した方がいい。53条の細かな解釈に入り込みすぎると、逆に現在も有効であることを前提に議論しているようにも見えてしまう」

──では、どう反論するのが適切か

「まず、旧敵国条項は95年、05年の国際社会の合意によって時代遅れとされ、削除することが決意されており、死文化しているということだ。これが大前提である。その上で、仮に53条が現在も適用できるとしても、中国のいうような武力行使が認められる規定ではない、という議論もできる」

──「死文化している」という表現自体は、法律的にも適切なのか

「いいと思う。私自身、国際法の教科書で旧敵国条項について『死文化している』という表現を使っている」

高市首相の削除要求「自然な対応」

──高市首相は国連総会で、旧敵国条項は日本の「誇りと名誉」に関わるとして早急な削除を求めた

「削除を求めること自体はいいと思う。条文として残っている以上、自然な対応だ。これまでは死文化しているのだから、わざわざ問題にする必要はないという考え方もあったと思う。しかし、中国が実際に持ち出してきた。そういう状況で日本が黙っているのは良くない」

──実際の条文削除には国連憲章の改正が必要になる

「簡単ではない。国連憲章の改正には安保理のすべての常任理事国の批准が必要であり、中国やロシアの対応からして、極めて困難である。さらに、多くの国にとって、旧敵国条項はすでに死文化しているとの認識だろう。そういう国々にとって、旧敵国条項削除のためだけに憲章改正を優先課題にする動機はそれほど強くない」

新決議やICJ活用にはリスク

──条文削除とは別に、新たな国連総会決議や国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を活用する考えもある

「そこは少し慎重に考えた方がいい。新しい決議を出して中国が反対すれば、05年にはコンセンサスだったものが後退したように見える可能性もある。05年の合意は、旧敵国条項を巡る国際社会の最新のコンセンサスだ。それを生かす方がいいのではないか」

「ICJについても、旧敵国条項が現在も法的に有効なのかという議論が始まり、中国はもちろん、中国の友好国などから、まだ生きているという主張が出てくる可能性もある。マルチの場に持ち込むことにはリスクがある」

──日本は何をすべきか

「まず日本として、なぜ旧敵国条項が現在は『死文化』しているのか、法的な議論をきちんと整理することだ。95年の決議、05年の成果文書、中国自身がそれに賛成、同意していること、日本が『平和愛好国』として国連加盟を認められたこと、主権平等の原則、武力行使禁止との関係。そうした法的な論拠を整理して国際社会に示し、各国に理解を求めていく。マルチの場では、不適切な発言に対しては適宜に反論権を行使して反論することが重要であるが、二国間でも一国一国に丁寧に説明していくことが重要だ」

「日本は少し遠慮しすぎる」

──高市首相の削除要求には「寝た子を起こす」との見方もある

「そうは思わない。中国が実際に持ち出している以上、日本が何も言わないというのはおかしい。削除を求めたからといって、すぐに削除できるわけではないが、日本の立場を明確にする意味はある」

──中国をさらに刺激する可能性はないか

「だからといって黙っているという話にはならないと思う。中国が言っていることに法的な問題があるのであれば、日本はその問題をきちんと指摘すればいい」

──日本外交に求められる姿勢は

「日本は少し遠慮しすぎるところがある。国益に直接関係する問題については、おかしいものはおかしいと言って何が悪いのか。言うべきことは、きちんと言った方がいいと思う」

(聞き手・奥原慎平)

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【プロフィル】浅田正彦(あさだ・まさひこ)氏 同志社大教授、京都大名誉教授。京都大から博士(法学)。専門は国際法。京都大大学院修了後、岡山大教授、京都大教授などを歴任し、2021年から同志社大教授。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁専門家パネル委員、国際法学会代表理事などを歴任。21年の国連総会で国連国際法委員会(ILC)委員に選出され、23年から委員を務める。

日中「旧敵国条項」で応酬 国連総会一般討論

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