多発性硬化症の周産期管理、抗CD20抗体が最適
多発性硬化症(MS)の平均発症年齢は30歳前後で、男女比は1:2~3と妊娠可能な年齢の女性に多く見られる自己免疫疾患である。未治療の患者では妊娠中は免疫やホルモンの変化によりMS再発リスクが低下し、産後に上昇に転じるとの観察研究がある一方、周産期の疾患修飾療法(DMT)の中断・再開がリバウンド再発リスクを高めるとの報告もある。フランス・Hospices Civils de LyonのAntoine Gavoille氏らは同国のMS女性患者4,998例における妊娠6,341件を対象に、DMTとMS再発リスクとの関連を検討する多施設後ろ向きコホート研究を実施。その結果、妊娠はMSの年間再発率(ARR)を有意に低下させるものの、妊娠中のDMT管理はARR上昇と関連すること、特にフィンゴリモド投与例やナタリズマブの長期中断例ではARRの上昇幅が大きいこと、抗CD20抗体の投与例で最もARRが低いことを明らかにしたとの結果を、JAMA Neurol(2025年8月4日オンライン版)に報告した。(関連記事「多発性硬化症、経産婦で長期予後良好」「多発性硬化症薬への曝露で妊娠転帰は悪化せず」)
妊娠前、妊娠期間、産後に分けてARRへの影響を検証
Gavoille氏らは今回、フランスのMS登録機関OFSEPのデータを用いた後ろ向きコホート研究を実施。因果推論の枠組みに基づく媒介分析により、異なる治療戦略を比較し周産期のDMT管理がMSのARRに及ぼす因果効果を推定した。
対象は、1990~2023年に出産したMS女性患者4,988例(平均年齢31.5±4.5歳)における妊娠6,341件。出産日を基準として、妊娠前は受胎前の9カ月、妊娠期間は出産前の9カ月、産後は出産後の9カ月に分類した。主要評価項目はMSのARRとし、妊娠による直接効果とDMT管理を介した間接効果、両者を合わせた総効果を評価した。
DMT管理戦略は、①DMTの中断、②他剤からインターフェロン(IFN)-βへの切り替えまたは同薬の維持および妊娠期間中の継続、③他剤からグラチラマーへの切り替えまたは同薬の維持および妊娠期間中の継続、④受胎3~6カ月前に他剤からナタリズマブへの切り替えまたは同薬を継続し、妊娠後期(第3トリメスター)に中断して産後3カ月以内に早期再開、⑤受胎の9~12カ月前に他剤から抗CD20抗体への切り替えまたは同薬を継続し、受胎の3~6カ月前に中断して産後3カ月以内に再開-の5つを比較した。
妊娠期間中は直接効果によるリスク減、産後は総効果によるリスク増を確認
妊娠回数は、1件が3,755例(75.3%)、2件が1,120例(22.5%)、3件以上が113例(2.3%)だった。妊娠前にDMT未治療は3,163件(49.9%)、DMTの内訳はIFN-βが1,340件(21.1%)、グラチラマーが604件(9.5%)、teriflunomideが65件(1.0%)、フマル酸ジメチルが218件(3.4%)、フィンゴリモドが177件(2.8%)、 ナタリズマブが546件(8.6%)、抗CD20抗体が83件(1.3%)、その他のDMTが145件(2.3%)だった。妊娠前に抗CD20抗体以外のDMTを投与されていた3,095件中2,452件(79.2%)が中断され、540件(17.4%)は継続され、103件(3.3%)は他のDMTに切り替えられた。ナタリズマブの中断期間は短期が111件(20.3%)、長期が435件(79.7%)だった。
追跡期間は妊娠期間中が4万2,802患者・年、妊娠期間外が9万7,256患者・年だった。妊娠期間、MS持続期間、MS発症時の年齢、暦年、MSの病型、直近の再発の有無、累積再発回数、直近のDMTを調整した解析の結果、妊娠の総効果によりARRが有意に上昇した〔因果率比(cRR)1.07、95%CI 1.02~1.13〕。これは、間接的効果による有意なリスク上昇(同1.08、1.03~1.13)が、有意でない直接効果(同0.98、0.93~1.04)を上回ったことによるものだった。
期間別に見ると、妊娠前に有意なARRへの影響は認められなかった。妊娠期間中には妊娠の総効果はARRを有意に低下させた(cRR 0.71、95%CI 0.64~0.78)。これは、直接効果による大幅なリスク低減(同0.59、0.53~0.65)が、DMT管理を介した間接効果による上昇(同1.13、1.06~1.22)を上回ったことによるものだった。一方、産後には妊娠の直接効果(同1.46、1.35~1.58)とDMT管理を介した間接効果(同1.08、1.01~1.16)による強い総効果が認められ(同1.57、1.46~1.71)、産後3カ月以内にピークに達した。
抗CD抗体群ではリスクが62%低下
DMT未治療例では、妊娠全体でARRが有意に低下した(cRR 0.92、95%CI 0.85~0.99)。一方、DMT治療例では妊娠の直接効果はおおむね類似していたが、妊娠の総効果はDMT管理による間接効果の差異により異なっていた。
IFN-β群、グラチラマー群、teriflunomide群では、妊娠はARRに対する総効果、直接効果、間接効果のいずれにも有意な影響を及ぼさなかった。フマル酸ジメチル群では、妊娠の総効果は有意でないもののARRの上昇傾向を認めた(cRR 1.33、95%CI 0.93~1.85)。フィンゴリモド群とナタリズマブ群の長期中断例では、間接的効果によりARRが有意に上昇し(フィンゴリモド群:同1.75、1.33~2.27、ナタリズマブ群長期中断例:同1.96、1.61~2.40)、総効果にも悪影響を及ぼした(順に同2.15、1.60~2.93、同2.18、1.76~2.69)。一方、ナタリズマブ群の短期中断例では、有意差はなかった。抗CD20抗体群は全ての状況でARRは低く、有意ではないものの総効果はリスク低下傾向を示した(同0.96、0.43~1.82)。
治療間の比較では、DMTの中断と比べ抗CD20抗体は最も大きいARR低下をもたらすことが示された(ARR 0.41 vs. 0.15、cRR 0.38、95%CI 0.25~0.52)。全体で2番目に有効だったのは、ナタリズマブの短期中断(ARR 0.33、cRR 0.80、95%CI 0.71~0.90)だった。IFN-β(同0.38、0.93、0.86~0.99)とグラチラマー(同0.37、0.91、0.84~0.99)もARRを有意に低下させたが、効果はより小さかった。
以上を踏まえ、Gavoille氏らは「妊娠中のDMT管理はMS患者の再発リスクを著しく上昇させる可能性があり、特にナタリズマブの長期中断例またはフィンゴリモド投与例において顕著であった。再発予防には妊娠前の抗CD20抗体に基づく戦略が最も有効であり、周産期における再発抑制目的での使用を支持する結果だ」と結論。「ナタリズマブは第2トリメスターまで継続し、出産後速やかに再開することで再発リスクを低減すべきである。妊娠中は禁忌とされるフィンゴリモドの投与例では、妊娠前のナタリズマブまたは抗CD20抗体への切り替えが、再発リスクを軽減させる適切な戦略となりうる」と付言している。
(編集部・関根雄人)