シャチに教わった「覚悟」 手を伸ばすとスイッと下がり…トレーナーに同情されたものです
《昭和55年2月に搬入したメスのシャチ「カレン」と餌をめぐる攻防戦が続く中、飼育係が生きの良さそうなサバを与えているのを見かけた。声をかけると、その飼育係は「だまされたね」と言う》
飼育係は生きていないサバがピチピチ暴れているように演技をしてカレンにあげていたのです。次第に分かっていきますが、シャチの視力は結構良く、水中だけでなく空気中でもよく見えるようなのです。
カレンはその後、生きていないサバでも飼育係の演技なしで食べるようになっていきました。そのうち、魚をかみつぶして骨をポイと捨て、身だけをいただく技を見いだしたカレンとオスの「キング」。そのしぐさを観察していた鳥羽山照夫館長のアイデアで、サバを三枚におろして魚肉だけを与えるようにしました。
《2頭は水族館の人気者になっていく》
キングは精悍(せいかん)で、カレンは丸みのあるかわいらしい顔つきをしていました。搬入翌月には一般公開され、2頭のすばらしさを訪れる多くのお客さまに見ていただきました。
3年と数カ月がたつころ、キングが亡くなりました。最初に当館が搬入して約3年で亡くなったシャチの「ジャンボ」と「チャッピー」を知る別の水族館の方に以前、「シャチを飼育できるのは3年半くらい」と言われたことがありました。つまりそれが実績ということです。
幸いにもカレンは、同居していたバンドウイルカと仲良く過ごしています。特に「スリム」になつき、大きな体でスリムのおなかの下に隠れたり、後について泳いだりして、まるでスリムの子供のようでした。
トレーナーたちもカレンが大好きで、いつも「カレンちゃん、カレンちゃん」と体をなでたり、一緒に遊んだりしていました。私もカレンが大好きなので一緒に遊ぼうと思ってステージから近づきますが、私のことは好きではない様子。手を伸ばすとスイッと下がり、さらに手を伸ばすとまた下がります。触れそうで触れない距離をカレンが保っているのを見たトレーナーから、よく同情されたものです。悔しい…。
《シャチ専用の新たなプールの建設が決まる》
アイスランド出身のカレンは日本の夏が苦手なようでした。プールには冷却装置がありますが、シャチの好む水温まで下げきれません。そこで、広さが約5倍で、水温をより低く調整できるシャチ専用プールがつくられることになりました。
新たな「オーシャンスタジアム」は62年3月にオープンし、カレンと、この2年前に新たにアイスランドから搬入したオスの「ビンゴ」を移しました。しかし、カレンは移動する以前から体調を崩し、投薬中の状態でした。4月になると悪化し、治療が続きます。
この年の5月、当館に来て7年3カ月で、カレンは亡くなりました。シャチは大型なうえ繊細なので健康管理は難しい。飼育環境は整ったのだから、健康に飼う覚悟が必要だと思い知らされました。
《63年3月、アイスランドから3頭のシャチを搬入した》
メスは「マギー」と「ステラ」、オスは「オスカー」と名付けられました。メスはマギーの方が少しお姉さんで、ステラはまだ体長も3メートルくらい。健康観察をしていると、小さなステラは遊んでほしそうな目で近寄ってきて、よくなついてくれました。ステラを一番先になでていると他のシャチもやってくるから、みんなの背中をなでなでしたのを懐かしく思い出します。ステラは今、神戸須磨シーワールド(神戸市)で暮らしています。
あんなに小さく、本当に育つのかと心配されたステラは今では、偉大なる母シャチとなりました。(聞き手 金谷かおり)