AIで人間の心を理解できるか? ニューラルネットが挑む心理学の新境地

現在の人工知能(AI)の状況は、ニューラルネットワークが人間の脳とは異なっている点によって特徴づけられる。幼児は、1日わずか1000カロリーと普通の会話だけで、効果的なコミュニケーションの方法を学ぶ。一方、テック企業は、大規模言語モデル(LLM)を訓練し、動作させるために、原子力発電所を再稼働させたり、主流から取り残されたコミュニティを汚染したり、書籍から何テラバイト分にも及ぶ情報を無断盗用したりしている。

しかし、ニューラルネットワークは、結局のところニューラル(神経)であり、脳から発想を得ている。エネルギーとデータを大量に必要とするという点では大きく異なるが、大規模言語モデルと人間の脳には多くの共通点がある。そのどちらも、何百万ものサブコンポーネントで構成されている。脳の場合、それは生物学的ニューロンであり、ネットワークの場合はシミュレーションされた「ニューロン」だ。流暢かつ柔軟に言語を生成することができるのは、地球上でこの2つだけである。そして科学者たちは、そのどちらの仕組みもほとんど理解できていない。

大規模言語モデルと人間の脳の間の類似性を、私は自分の経験から証言することができる。私は大学院で神経科学を6年間学んだあと、ジャーナリズムの世界に入り、そしてAIにたどり着いた。脳と似たニューラルネットワークを構築することが、この分野にとって最も有望な道筋の1つであるというのが、神経科学者の間の一般的な見方である。そしてその考え方は、心理学にも広がり始めている。先日、著名な学術誌『ネイチャー(Nature)』に、2つの研究が掲載された。それらの研究は、心理学実験において人間や他の動物がどのように行動するか、ニューラルネットワークを利用して予測しようとするものだった。どちらの研究も、そのように訓練されたネットワークが、人間の心に関する理解を深めようとしている科学者たちの役に立つかもしれないと提案している。しかし、ある行動を予測することと、その行動がどのようにして生じたのか説明することは、まったく異なる別のことである。

それらの研究の1つでは、大規模言語モデルが、研究者たちが「人間の認知の基礎モデル」と呼ぶものに変換された。初期状態の大規模言語モデルは人間の行動を模倣するのが得意ではないが、カジノなど、人間が理性を捨て去るような状況では論理的に振る舞う。そこで研究チームは、160のさまざまな心理学実験のデータを使って、メタのオープンソース大規模言語モデルの1つであるラマ(Llama)3.1をファインチューニング(微調整)した。データの中には、一連の「スロットマシン」から最大の払い戻しを得られるものを選ぶといったタスクや、文字の並びを記憶するといったタスクが含まれていた。この微調整の結果として得られたモデルは、「ケンタウルス(Centaur)」と名付けられた。

単純な数学方程式を使う従来の心理学モデルと比べ、ケンタウルスは行動予測においてはるかに優れた仕事をした。心理学実験において人間がどのように反応するか正確に予測することは、それ自体が価値のあることだ。たとえば科学者たちは、人間の実験参加者を募集して報酬を支払う前に、ケンタウルスを使ってコンピューター上で試験的に実験ができるかもしれない。しかし、研究チームはこの論文で、ケンタウルスが単なる予測マシン以上のものになる可能性を提案している。ケンタウルスが人間の行動を効果的に再現できるメカニズムを深く探ることで、心の内面の働きに関する新たな理論を構築できるかもしれないと、この論文の著者らは主張している。

しかし心理学者の中には、そもそもケンタウルスから心について多くのことを学べるかどうか、疑問視する者たちもいる。 確かに、ケンタウルスは従来の心理モデルよりも人間の行動を予測するのに長けているが、パラメーターの数も10億倍多い。また、モデルが外見上人間のように振る舞うという理由だけで、内面も人間のように機能していることにはならない。オランダのラドバウド大学でコンピューター認知科学を研究するオリビア・ゲスト助教授は、ケンタウルスを電卓に例える。数学の達人が2つの数字を足すように求められたとき、電卓はその反応を効果的に予測できる。「電卓を研究することで、人間のする足し算について何を学べるのか、私にはわかりません」と、ゲスト助教授は言う。

たとえケンタウルスが人間の心理について何か重要なことを捉えているとしても、科学者たちはこのモデルの数百万ものニューロンから何らかの洞察を引き出すのに、苦労するかもしれない。AI研究者たちは、大規模言語モデルが機能する仕組みを解明しようと懸命に取り組んでいるが、まだブラックボックスをなんとかこじ開けられただけ過ぎない。人間の心の巨大なニューラルネットワークモデルを理解する方が、人間の心そのものを理解するよりもずっと簡単であると、証明されることはないかもしれない。

もう1つのアプローチは、規模を小さくすることだ。ネイチャー誌に掲載された2つ目の研究は、極めて小規模なニューラルネットワークに焦点を当てている。中には1つのニューロンしか含まれていないようなものもあるが、それでもマウス、ラット、サル、さらには人間の行動も予測できる。そのようなネットワークは非常に小さいため、個々のニューロンの活動を追跡することが可能である。そして、そのデータを使って、ネットワークがどのように行動予測を生成しているのか突き止めることができる。そういったモデルが、訓練によって模倣した脳と同じように機能するという保証はないが、少なくとも人間や動物の認知に関する検証可能な仮説を生み出すことはできる。

理解しやすくしようとすれば、犠牲が伴う。何十種類ものさまざまなタスクにおいて人間の行動を模倣するように訓練されたケンタウルスとは異なり、個々の小さなネットワークは、ある特定のタスクにおける行動しか予測できない。たとえば、あるネットワークは、人々がさまざまなスロットマシンの中からどのように選択するか予測することに特化している。「行動が本当に複雑であるならば、大規模なネットワークが必要です」と、この極小ネットワーク研究を主導し、ケンタウルスの構築にも貢献したニューヨーク大学の心理学と神経科学の助教授、マルセロ・マタールは言う。 「大規模であることを妥協すれば、当然ながら、今度は理解するのが非常に、非常に難しくなります」。

予測と理解の間のこのトレードオフの関係が、ニューラルネットワークによって推進される科学の重要な特徴である。(私もたまたま、そのことについて本を書いているところだ。)マタール助教授の研究と同じような研究が、そのギャップを縮めるという目標に向けいくらか前進を見せている。それらの研究のネットワークはマタール助教授のネットワークと同じくらい小さなものだが、従来の心理モデルよりも正確に行動を予測できる。アンソロピック(Anthropic)などで実施されている、大規模言語モデルの解釈可能性に関する研究も同様だ。しかしながら、今のところ、人間や気候システム、タンパク質といった複雑なシステムに関する私たちの理解は、それらについて予測する能力よりもはるかに後れを取っている。

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グレース・ハッキンズ [Grace Huckins]米国版 寄稿者
フリーランスの科学ジャーナリスト。スタンフォード大学の博士候補生(神経科学)。

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