HPの取締役会を説得してPalmを12億ドルで買収させたのちわずか49日で事業がダメになるのを見届けたCTOの記録
2010年に行われたHPによるPalm買収を取締役会に承認させた当時のCTO(最高技術責任者)であるフィル・マッキニー氏が、いったいなぜHPはPalmを買収したのか、そしてPalmの展開するWebOS端末をリリースしながらもただちに撤退する方向になったのか、「これまで公にしたことがなかった」という内容を自ら明らかにしています。
I Convinced HP's Board to Buy Palm for $1.2B. Then I Watched Them Kill It in 49 Days
https://philmckinney.substack.com/p/i-convinced-hps-board-to-buy-palm2010年当時、HPはPCメーカーとして、モバイルへのシフトになんとか食らいついていこうとしていました。HPのCTOだったマッキニー氏はPalmのエンジニアリングチームと何週間も一緒に過ごす中で、Palmが展開していた「WebOS」を単なるモバイルOSではなく、「モバイルコンピューティング市場でHPを差別化してくれる、画期的なプラットフォーム技術」であると確信したとのこと。 このとき、マッキニー氏はHPのマーク・ハードCEOや取締役会に対し「経営不振の電話会社を買収するのではなく、未来のコンピューティングプラットフォームへの戦略的参入」とプレゼンして、12億ドル(約1730億円)の買収話を成立させました。買収完了後、マッキニー氏はPalmチームがHPの膨大なリソースをうまく活用できるようサポートしつつ、Palm経営陣とともに戦略的な相乗効果を生み出すべく、統合計画を立てていました。
WebOSに期待していたマッキニー氏としては、WebOSをスマートフォンだけでなくタブレットにも拡大し、HPのPCプラットフォームと統合し、さらにプリンターエコシステムでアプリを見つけられるようにする方法を考えていたとのこと。 ところが2010年8月、マーク・ハードCEOが辞任に追い込まれ、ドイツのソフトウェア企業・SAPからレオ・アポテカー氏が新CEOとして招かれたところから状況が変化していきます。
Léo Apotheker | HP - United States
http://www8.hp.com/us/en/company-information/executive-team/apotheker.htmlアポテカー氏は「HPをハードウェア企業からソフトウェアおよびサービス企業に転換する」という、これまでとは全く異なる戦略ビジョンを持ち込みました。PCやプリンターといったハードウェア事業からの撤退、あるいは最小化を望んでいたアポテカー氏にとって、モバイル端末の拡大につながるWebOSは邪魔な存在でした。 さらに悪いことに2011年6月、マッキニー氏は緊急手術が必要となり、8週間入院することになりました。 2011年7月1日、HPがWebOS 3.0搭載タブレット「TouchPad」を発表するのを病床から見守ったマッキニー氏は「すべての技術的作業と戦略的計画の集大成を期待していましたが、実際に目撃したのは、テクノロジー史上最速の転落劇でした」と述べています。 以下はTouchPad発表時のニュースリリースです。
HP TouchPad Brings webOS to the Big Screen
http://www.hp.com/hpinfo/newsroom/press/2011/110209xc.htmlTouchPadはタブレット製品としてiPadの競合といえる存在でしたが、当該四半期にiPadが900万台売れた一方で、TouchPadは出荷数が27万台、販売数は2万5000台にとどまりました。 そして発売からわずか49日後の2011年8月18日、HPはWebOSを搭載したすべての端末の販売を中止しました。マッキニー氏は、本来ならHPのモバイル戦略を支えることになったであろうWebOSの解体を病床から見ているしかありませんでした。なお、このときアポテカーCEOはWebOSを切り捨てるにあたり、Palmチームに連絡を入れなかったそうです。 なんとか会社に戻ったマッキニー氏は「もう二度と休暇は取れませんよ」「CEOと取締役会には大人の監視者が必要です」と技術者に囲まれ、なぜかすべて自分が悪かったことになっているのを感じ「そんなことはありません」と弁明。「なぜ、巨大企業であるHPのCEOを、HPよりはるかに小さいSAPのCEOだったアポテカー氏が務めることになったのだろう」と述べています。 なお、マッキニー氏がHPを辞める際、HPは多額の退職金を用意していたそうですが、マッキニー氏は「もらってしまうと在職時のことについてしゃべれないことが増えてしまう」と断ったとのこと。 ちなみに、今回の件について、Hacker NewsではPalmの元社員だったというジョシュ・マリナッチ氏が「彼が記事で述べていることはすべて合っています」と証言しています。
Former Palm employee here. I was a developer advocate working directly with app ... | Hacker News
https://news.ycombinator.com/item?id=44277697マリナッチ氏によると、当時、TouchPadは確かにiPadには勝てない2番手だったものの、他のAndroidタブレットはGoogleがどれだけ頑張ろうともダメなものばかりだったとのこと。また、TouchPad miniは出荷まであと数週間だったので、もしもう少し時間と資金があれば、iPadの競争相手にはなっていたのではないかと振り返っています。 その上で、マリナッチ氏は「アポテカーCEOはHPをIBMに変えたかったのでしょう。あらゆる場所でWebOSを使うというHPの計画はよく考えられたものでしたが、アポテカー氏のビジョンに合わなかったのでしょう。誰かを非難したいのであれば、アポテカー氏を雇った取締役会を非難すべきです」と述べています。
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