「大谷翔平の実家を教えて」と頼む記者は追い返す…「大谷の極秘帰省」を迎え入れる奥州市民の"暗黙のルール" 「生まれ故郷で安心してほしいから」
MLBドジャースの地元紙ロサンゼルス・タイムズは2024年、ワールドシリーズを制覇する直前、チームを支える大谷翔平の生まれ故郷である岩手県奥州市を訪れていた。そこで出会ったのは、11年の歳月をかけて収集した大谷関連のグッズや記事で溢れる大谷博物館のような美容院だった。「地元ならではの方法で守りたい」と大谷を見守る地元の人たちの取り組みをリポートする――。
※本稿は、L.A. Times編、児島修訳『OHTANI’S JOURNEY 大谷翔平 世界一への全軌跡』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
ドジャース・ファンではない。大谷翔平のファンだ
(マックス・キム 2024年10月30日)
岩手県奥州市にある美容院「Seems hair&spa」はドジャースのグッズで埋め尽くされている。しかしオーナーの菅野広宣は、自分は本物のドジャース・ファンではないと言って憚らない。
午前9時を少し回った頃、長い金髪を後ろにまとめた63歳の菅野は、ワールドシリーズ第4戦のテレビ中継にチャンネルを合わせるために、急いで店に戻ったところだった。
ドジャースのスーパースターである大谷翔平の生まれ故郷のほとんどの人と同じく、菅野も、今日、長年のライバルであるニューヨーク・ヤンキースを下して、全勝で世界一を決めてくれると固く信じていた。
それでも、菅野はドジャースよりも大谷個人を応援していることを隠さない。ここ奥州市で生まれた大谷は、MLBの選手や観客を魅了するだけではなく、地元の町ぐるみの応援も受けている。
もし明日、何かの間違いで大谷がヤンキースに移籍したら? 菅野はドジャー・ブルーのユニフォームをヤンキースのストライプに換えるだろうか?
「もちろんです」菅野はためらわずに言った。
まるで「大谷博物館」のようなコレクションの数々
菅野が決めたルールにより、ワールドシリーズの間、所属する美容師は妻も含めて全員がドジャースの青いユニフォーム姿で接客する。
店内では2人の客も試合を観ているが、野球に関心があるかはわからない。菅野が大谷の試合を見逃さないよう全席にモニターが設置されているため、自分でチャンネルを選んだわけではないからだ。
試合開始直後は、ドジャースが優勢だった。
待合スペースの大型テレビでは、フレディ・フリーマンがまたも初回からホームランを放った。妻のサツキと別の美容師のケイコが、「フリーマン!」と叫ぶ。
美容院の店内には、大谷博物館のようなスペースがある。そこは天井から床まで、菅野が11年間と10万ドル(約1500万円)近くをかけて収集した大谷関連のグッズで溢れている。サインボール、何十体ものボブルヘッド人形やフィギュア、ユニフォーム、キャップ、スパイク、バッティンググローブ、そしてドジャースのユニフォームに身を包んだ大谷の等身大ボード。
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奥州市は人口10万8000人ほどの地方都市で、「活気あふれる中心部」とは言い難い。牧場、りんご農園、鉄器などで知られる市内の道は、時折静まり返ることもある。しかし、このコレクションのおかげで、菅野は世界と驚くほどつながるようになった。
その人物の1人に、MLBの元選手で現在ドジャース専門放送局のアナウンサー、ホセ・モタがいる。
「しょっちゅうチャットしているんですよ」菅野は語り、スマホを取り出した。
昨日、菅野はそのスマホで、奥州市が地元の文化会館で主催したワールドシリーズのパブリックビューイングで、ドジャー・ブルーのユニフォームを着たたくさんの観客と一緒に撮った写真をモタに何枚も送っていた。
「素晴らしいね」とモタは返信していた。
L.A. Times編、児島修訳『OHTANI’S JOURNEY 大谷翔平 世界一への全軌跡』(サンマーク出版)
第4戦の3回、第2戦で肩を亜脱臼した大谷がバッターボックスに立った。
「昨日よりいいスイングをしてる」と菅野が観察する。
しかしポップフライに倒れる。
「ああ……まだ怪我の影響があるのかも」とがっくりする。
大スターの「実家」が隠され続ける秘密
奥州市の多くの人々と同じように、菅野は地元ならではの方法で大谷を守りたいと思っている。
たとえば市外の人は、大谷がほぼ毎年両親に会うためにここに戻ってくることをほとんど知らない。
昔からの住民には帰国のスケジュールを知る人も多いが、メディアにそのスケジュールや両親の住まいをばらさないという暗黙の了解があるという。
「たとえば奥州市の人は、大谷選手と家族がどのレストランに行くか知っているわけです」と菅野は語る。
「でも、メディアには言いません。生まれ故郷で安心してほしいからです」
これは菅野にとって侵すことのできないルールだ。
彼は、「大谷選手の両親の住所をこっそり教えてくれないか」と尋ねてくるような記者は追い払う。
いつか市内に公認の大谷博物館を作りたいという夢もある。しかし、たとえ本人の了承を得るために両親のつてを頼れたとしても、そうした手段は使いたくないと思っている。
「奥州市民として、純粋な形で彼をサポートしたいんです」