老化を逆転させる特殊な幹細胞を中国の研究チームが開発して高齢のサルを若返らせる実験に成功
幹細胞は体を構成するさまざまな細胞に分化する能力を持ち、損傷した体組織の回復と恒常性の維持に役立っていますが、加齢と共に幹細胞は再生能力を失ってしまい、これが老化の一因となっています。新たに中国科学院と首都医科大学の研究チームが、長寿に関連する遺伝子を再プログラムした特殊な幹細胞を作成し、高齢のカニクイザルにみられる老化の兆候を逆転させる実験に成功しました。
Senescence-resistant human mesenchymal progenitor cells counter aging in primates: Cell
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(25)00571-9Restoring youth: Scientists use engineered cells to restore vitality in primates | EurekAlert! https://www.eurekalert.org/news-releases/1088662
Anti-Aging Breakthrough: Stem Cells Reverse Signs of Aging in Monkeys
https://www.nad.com/news/anti-aging-breakthrough-stem-cells-reverse-signs-of-aging-in-monkeysヒトにおいてFoxO3というタンパク質は、DNAに結合して遺伝子のオン/オフを切り替えることで細胞のストレスに対応しており、これらの遺伝子は健康的な老化や寿命の延長を促進する多くの細胞プロセスに関与しています。そのため、FoxO3タンパク質をコードするFOXO3遺伝子は「長寿遺伝子」であると考えられています。
研究チームは最先端の合成生物学技術を使用して、FoxO3活性を高めるように改変した「老化抵抗性間葉系前駆細胞(SRC)」という新しいタイプのヒト幹細胞を作成しました。そしてSRCの効果を確かめるため、ヒトに近い霊長類の一種であるカニクイザルを対象にした実験を行いました。 実験では19~23歳のカニクイザル(ヒトの約57~69歳に相当)を「生理食塩水を投与するグループ」「普通の幹細胞を投与するグループ」「SRCを投与するグループ」に分け、44週間にわたって2週間ごとに投与を実施しました。なお、注入に関しては免疫の拒絶反応や腫瘍の増加といった重篤な有害事象はみられなかったとのこと。by budak 44週間にわたる投与を続けた後、SRCが高齢のカニクイザルの生物学的老化を遅らせたかどうかを測定するため、一連の生物学的指標が測定されました。指標の1つである記憶保持能力を測定するため、研究チームはどの箱の中にエサが入っているのかを記憶させるウィスコンシン総合検査装置(WGTA)を行い、カニクイザルの記憶力を調べました。 その結果、SRCを投与されたカニクイザルは生理食塩水や普通の幹細胞を投与されたカニクイザルと比較して、高い精度でエサの入っている箱を記憶していることが判明。また、普通の幹細胞を投与されたカニクイザルの記憶力は生理食塩水を投与されたグループと同等だったとのことで、高齢のカニクイザルの記憶力を向上させたのは普通の幹細胞ではなくSRCであることが示唆されています。 さらに、MRIを用いてカニクイザルの脳の構造解析を行ったところ、SRCの投与によって加齢に伴う脳の萎縮が緩和され、脳の接続性が3~5歳のカニクイザル(ヒトの約9~15歳に相当)と同等の状態に回復したことが明らかになりました。具体的には、作業記憶に重要な前頭前皮質を含む7つの脳領域間の構造的接続性が、SRCの投与によって若返ったことが確認されたとのことです。
研究チームがマイクロCTを用いてカニクイザルの歯の骨量を測定したところ、生理食塩水を投与されたカニクイザルでは加齢に伴う骨量減少が見られた一方、SRCを投与されたカニクイザルは若いサルの歯に近づいたことも発見しました。これは、加齢に伴う骨粗しょう症が緩和されたことを示しています。 さらに研究チームは、全身の61カ所の組織における遺伝子発現の増減を調べました。遺伝子発現の増減は細胞や組織、器官系の機能状態を反映しているとのこと。その結果、正常な幹細胞を投与したカニクイザルでは約30%の組織で若返りがみられた一方、SRCを投与されたカニクイザルでは対象組織の50%以上で若返りが確認されました。 実際にSRCを投与したカニクイザルの臓器や組織の構造変化を分析すると、肺や心臓の血管系の健康状態が改善し、大動脈の肥厚が減少していることなどが判明。また、アルツハイマー病に関連するタンパク質や、腎臓や脳における異常なミネラルの沈着も減少していたとのことです。
老化科学関連のメディアであるNAD+は、老化の根本的な原因のひとつは幹細胞の疲弊であるため、老化と戦う上で再生幹細胞に目を向けるのは理にかなっていると主張。近い将来には、ヒトを対象としたSRCの臨床試験が行われるかもしれないと述べました。
・関連記事 肌の細胞の老化を「逆転」させることが可能なメカニズムが発見される - GIGAZINE
AIが調査に数週間以上かかる抗老化薬の候補となる分子を数分で導き出したことが報告される、創薬プロセスの加速が進む可能性 - GIGAZINE
うつ病が「細胞の老化を加速させる」という報告 - GIGAZINE
「マウスの細胞を若返らせる実験」に成功して腎臓や皮膚の機能が若返ったことが示される - GIGAZINE
老いて硬くなった脳の細胞に「若くて柔軟な脳の中にいる」と勘違いさせると実際に若返ることが判明 - GIGAZINE