少年時代は万引き、シンナー 560万円の横領逮捕歴も ゲバラ憧れた居酒屋店主が見る夢 釜ケ崎こもごも

革命家、チェ・ゲバラの肖像が掲げられた居酒屋「グランマ号」を切り盛りする新井信芳=大阪市西成区(安元雄太撮影)

革命家チェ・ゲバラがカストロら仲間とキューバ上陸の際に乗った「グランマ号」。同じ名前の居酒屋が大阪・釜ケ崎にある。軒先にはゲバラの肖像も掲げるなど徹底したその店の主は「チェ・ゲバラの最も出来の悪い弟子」と自称する新井信芳(63)だ。

「革命に勝利しても、権力を握れば腐敗する。けれどゲバラは一から新しい革命に乗り出し、ゲリラ戦で亡くなった。死にざままですごい」と〝師匠〟の魅力を語る。

酒に走り退職「後ろめたくて」

横浜市鶴見区に生まれた新井。たばこやシンナーにはまり、万引を繰り返す不良少年だったと振り返る。

高校2年のときに、ゲバラの伝記を手に取ったことで、社会的弱者のために生きようと決め、福祉の専門家を育成する日本社会事業大に進学。大学では学生寮の廃寮反対運動を展開、ハンガーストライキも行った。

恩師の紹介で東京都中野区の社会福祉法人に就職。しかし、仕事に組合活動、地域のボランティアと精力的に動いた無理がたたって酒に走り、退職した。

「辞めたときは、もう後ろめたくて。ゲバラへの憧れは頭の片隅に残ってはいたんですが、『戻ることはない』と封印しました」

着服、逃亡…釜ヶ崎の友人が嘆願書

28歳で都内のキャバクラで店舗を管理する仕事についたが、酒は手放せず借金を重ねて自己破産、展望もないまま時が過ぎた。そして43歳のある日、店から560万円を着服し、逃げた。「店をもうけさせた自負はあったから、退職金代わりですね」と自嘲気味に話す。

年末年始に向け、労働者を支援する準備を進める新井。「社会の弱い側であり続ける」と誓っている=11月25日、大阪市西成区(安元雄太撮影)

「新井」と名を変え、各地を転々としたが、金は1年で使い果たした。「どんな所かは知ってて、来たくはなかったけど」と釜ケ崎に流れ着き、マンションで住み込みの清掃員として働き始めた。

必死で金をため、小さな飲食店を切り盛りするようになったが、逃亡生活6年目、店に向かう途中で警察官から本名を呼ばれ、業務上横領容疑で逮捕。しかし、キャバクラ店側から厳罰を求めないとする上申書が提出され、起訴猶予で釈放された。のちに、釜ケ崎で出会った友人が何百通と嘆願書を集めてくれたと知る。人に恵まれていることに感謝した。

再びの支援活動

西成に戻って半年後の平成23年、東日本大震災が起きた。支援活動を行っているうちに、忘れようとしていた思いがあふれ出てきた。

「最も出来の悪い弟子」と自嘲しつつ、店先に革命家、チェ・ゲバラの肖像を掲げる=大阪市西成区(安元雄太撮影)

自分のために生きるのか、社会的弱者のために生きるのか。当然、後者だ。ゲバラへの憧れを封印して20年以上が過ぎていた。今でも日雇い労働者を支援するなど、街に関わり続けている。

「沢山のことはできないかもしれないけれど、あなたに叱られないよう、社会の弱い側であり続けたいと思います」

誓いを胸に、今日もグランマ号の帆をあげる。(敬称略)

大阪市西成区の「釜ケ崎」。かつて「労働者の街」と呼ばれたが、今では高齢化が進む。労働者向けの安宿「ドヤ」も、インバウンド(訪日客)の増加でゲストハウスとなるなど景色も一変した。故郷を離れ、名を変え、この街で生きる人々の悲喜こもごもの姿を追った。(写真報道局 安元雄太)

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