おなかの子に脊骨の難病が発覚 シングルマザーが挑戦した胎児の手術

「妊娠は病気ではない」と言われるが現実は大きく違う。不妊治療をする人も増えているし、女性が妊娠して出産するということにはさまざまなハードルがある。

現代では、胎児が、さまざまな先天的な病気を持っているという事実もわかってきた。その割合は20~30人にひとりという意外に高い。

大切なのは出産したいと思う人が安心して出産し、育てられる環境だが、なにより母子の健康もとても大切だ。望む人が健康に出産するために、今医療の現場に何が必要で、何が行われているのか。出産ジャーナリストの河合蘭さんは出生前診断についても長く取材をしてきた。その中で、診断された病気を妊娠前から治療する「胎児医療」に注目している。

現在研究が進んでいるのは、脊髄髄膜瘤という病気に対応する「胎児手術」という選択だ。

この手術は2025年2月まで研究段階だったが、2025年3月からは国が効果などを認める「先進医療」となった。保険適用へ向けての大きな一歩だ。それはどういうことなのか。前編では、妊娠5カ月で、国内5例目として胎児手術をした女性の体験をお伝えする。

子宮の中にいるうちに手術をして症状を軽くする

胎児の背骨の病気を、母親の子宮の中にいる時に手術して、症状を軽くする研究が大阪大学で進行している。

対象になっているのは「脊髄髄膜瘤」という疾患だ。背骨には脊髄という重要な神経が走っていて、それは通常、硬膜に包まれている。硬膜は胎児期に少しずつ覆ってきてやがて閉じるが、それがうまくいかず、脊髄が体外にむき出しになってしまった状態が脊髄髄膜瘤だ。足の動きや、排せつの機能に影響が出たり、脳の循環が悪くなって水頭症を起こしたりする。

「脊髄髄膜瘤(Myelomeningocele: MMC)」は、脊椎が合わさらない病気「二分脊椎(spina bifida)」の1タイプ。脊椎の中で守られるべき神経が身体の外に出ていて、皮膚などにもおおわれていないと脊髄髄膜瘤と診断される。 illustration/iStock脊髄髄膜瘤の赤ちゃんは、背中の手術を生まれたあとで受けてきた。でも今、生まれる前に手術を受けて、症状の軽減を期待できる未来が近づいている。(絵/加藤愛)

胎児手術は早期に硬膜を閉じ、脊髄を中に収めて、その損傷を食い止める。

汐見夏子さん(仮名)は、妊娠中に、この臨床研究の胎児手術を受けたひとりだ。日本で5番目だった。決断に迷いはなかった。

「1ミリでも、子どもにとっていいことがあるかもしれないなら、やりたいと思いました。私だけの問題ではない。子どもの生涯の過ごし方が変わるかもしれませんから」

手術を受けた息子を無事に出産し、子育て中の汐見さんを訪ねて、胎児手術の体験を聞いた。

汐見さんが子育てをする町へ、大阪から何時間もかけて向かった。胎児医療は実施施設がとても少ないので、遠くから来る人が多い

「頭の水が少し多い」と言われて大きな病院へ

汐見さんは、妊娠に気づいた時はとてもうれしかった。ところが、妊娠生活は最初から波乱万丈だった。まだ結婚していなかった相手の男性に妊娠を告げると、男性は結婚できないと言った。

両親が「夏子が産みたいなら、産みなさい。一緒に育てよう」と言ってくれたことも力になり、シングルマザーになることを決心したその矢先、次の予期せぬ出来事がふりかかった。

妊娠22週(妊娠5ヵ月)のころ、近くのクリニックで妊婦健診を受けると、超音波検査の最中に、医師から「頭の水が少し多いように見える。大きい病院で診てもらってください」と言われたのだ。

クリニックが紹介してくれた地元の大きな病院は、すぐに診てくれた。そこで汐見さんは「二分脊椎」と、聞いたこともない病気の名前を聞いた。

「生まれたらすぐに手術が必要と言われました。そう聞いたときは、その手術で治るのかと思ったのですが……」

もっと話を聞くと、その手術はむき出しになってしまった脊髄を本来の場所である硬膜の中に入れるだけで、それまでに失われた機能が戻るものではないという。「完治はない、生涯の病気」と聞いた時の大きな衝撃は、クリニックで話を聞いた時とはまったく違うものだった。

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