歯が頭にも生えていた! ギンザメの一種に常識を覆す発見

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ギンザメの一種であるスポッテッドラットフィッシュの頭部にある歯のような器官が、まぎれもなく本物の歯であることが最新の研究で明らかになった。脊椎動物の歯は口の中にしか存在しないと考えられてきたが、そんな常識を根底から覆す発見だという。
Photograph: Joseph Dreimiller/Getty Images

歯は脊椎動物にとって摂食と生存に不可欠な器官であり、その起源と進化は長年にわたり議論の対象になってきた。しかし、これまでの多くの研究は口腔内の歯に焦点を当てており、歯が体の他の場所で進化した可能性については十分に探求されてこなかった。

こうしたなか、米国北西部のピュージェット湾に生息するギンザメの一種であるスポッテッドラットフィッシュ(Hydrolagus colliei)の頭部に生えている歯のような器官が、まぎれもなく本物の歯であることを米国の研究チームが特定した。この発見は、脊椎動物にとっての歯の概念を根本的に書き換える成果だという。

ピュージェット湾でよく見られるスポッテッドラットフィッシュは全身の骨格が軟骨で構成されている軟骨魚類で、はるか昔にサメから分岐した系統に属する。体長は約60cmまで成長するといい、特徴的な細長い尾が全身の約半分を占める。

また、成体のオスだけが額に「テナキュラム」と呼ばれる収納可能な棒状の器官を発達させる。その表面にはカギ状の歯が並んでおり、交尾の際にメスの体を固定するために使われると考えられている。

ワシントン大学フライデーハーバー研究所の近くで撮影された成体のオスのスポッテッドラットフィッシュ。左右の目の間にテナキュラムがある。

マイクロCTスキャンで撮影したスポッテッドラットフィッシュの形状と構造。テナキュラムを含む形態学的な特徴が鮮明に描写されている。

「歯は口腔内の構造であるという進化生物学における長年の常識をひっくり返す発見です」と、ワシントン大学フライデーハーバー研究所の博士研究員であるカーリー・コーエンは説明する。「テナキュラムは進化の過程で取り残された遺物のような存在であり、あごの外側にも歯は生えうることを示す初めての事例です」

歯なのか、うろこなのか

コーエンらの研究チームにとって最大の疑問は、テナキュラムの表面を覆っている歯のような構造が本当に歯なのか、それとも体表を覆ううろこが変化したものなのかという点だった。多くのサメやエイの体表は、楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる小さな歯のようなうろこで覆われている。一方、ギンザメは一部を除いて体の大部分が滑らかな皮膚で覆われている。こうした特徴が、テナキュラムの構造の起源を探る手がかりになったという。

研究者たちは今回、ピュージェット湾の浅瀬で数百匹のスポッテッドラットフィッシュを捕獲し、マイクロCTと組織サンプルを用いてテナキュラムの発達過程を詳細に記録した。分析の結果、オスとメスの両方が成長の初期段階でテナキュラムを形成し始めることがわかった。

オスの場合、細胞の小さな塊が両目の間で白い突起状に成長し、あごを動かすための筋肉に付着する。その後、最終的に皮膚の表面を突き破って“歯のようなもの”が生えてくる。メスの場合は細胞が石灰化することなくテナキュラムの発達は止まるが、初期構造の痕跡は残ったままだという。

これが歯であることを示す決定的な証拠となったのが、テナキュラムの内部に見つかった「歯堤(してい)」と呼ばれる組織である。歯堤とは、口腔内で歯をつくるための帯状の組織で、歯が生えてくる場所を囲むように形成される。ヒトの歯堤は永久歯の成長後に崩壊するが、サメを含む多くの脊椎動物は常に歯を交換できるように歯堤を保持し続けている。

研究者たちによると、これまであご以外の部分で歯堤が確認された事例はなかったという。また、サメの体表を覆う楯鱗に歯堤は存在しない。つまり、テナキュラムから生えている“歯のようなもの”は楯鱗のなごりではなく、まぎれもなく本物の歯であるということだ。遺伝子解析でも、脊椎動物の歯に共通する遺伝子がテナキュラムで発現していることが確認された。

歯の遺伝情報を転用

さらに研究チームは、約3億1,500万年前の古代のギンザメの仲間であるヘロドゥス属の化石も分析した。特筆すべきは、ヘロドゥスのテナキュラムは現代のギンザメよりも長く、口の歯列のすぐ前方に位置していたという事実だ。これは口腔内で歯をつくるための遺伝的な仕組みが、進化の過程で頭部に転用された可能性を示唆している。

成体のオスのギンザメは、テナキュラム上に7列から8列のカギ状の歯をもっている。これらの歯は柔軟に収縮させたり屈曲させたりできることから、水中を泳いでいる交尾相手の体の固定に適している。ギンザメは効率的な生殖に欠かせない器官を新たに発達させるために、歯をつくるための遺伝情報を利用してきたと考えられる。

サメは口腔内に非常に多くの歯をもつことから、歯の発達を研究するためのモデル生物として広く用いられてきた。だが、それは歯という器官がもつ多様性のほんの一部にすぎないと、研究者たちは考えている。多くの脊椎動物の体表にあるとげ状の構造をさらに調査すれば、あご以外の部分でもっと多くの“歯”が見つかるかもしれない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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