大河「べらぼう」の本屋「蔦重」、現代の書店振興のヒントになるかも

 NHK大河ドラマ「べらぼう~ 蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし) ~」が放送中で、江戸時代の出版文化に関心が集まっている。主人公 蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう) (蔦重、1750~97年)は、本の制作から販売まで一貫して手がけた「本屋」で、浮世絵や戯作などの異才発掘で手腕を発揮した。当時は、都市の成熟とともに出版・流通の仕組みが整えられ、日本の豊かな読書文化の原点と言える。江戸の本屋事情から、現代の書店振興のヒントが見いだせるかもしれない。

「本屋仲間」安定流通の仕組み整備

 「日本では、江戸時代になって初めて、書籍が市井の人たちにとっても身近な存在となった」

 「べらぼう」で考証を務める中央大の鈴木俊幸教授(近世文学)は、そう強調する。

 江戸時代、「書物」と言えば、漢学や医学などの学問や和歌・漢詩などの古典に関する本だった。風刺を込めた絵入り小説「黄表紙」や滑稽味のある和歌「狂歌」、「浮世絵」など庶民向け出版物は「 草紙(そうし) 」と呼ばれて発展した。書物の出版は、学問の先進地の京都で盛んだった一方、江戸では町人文化の隆盛とともに娯楽や実用のための本の需要が高まり、江戸独自の「 地本(じほん) 」と呼ばれる草紙が流行した。

 江戸時代中期には、版元の権利を守るルールも確立した。当時の本は木版が主流で、最初に版木を制作した版元が出版の独占的権利を持つことを同業者間で認め合う慣行ができた。現代で言う「海賊版対策」だ。

 こうした書籍商売の同業組合は「本屋仲間」と呼ばれ、江戸幕府も経済政策の一環として奨励した。大都市を中心に同業者間のルールが定められ、本が安定して流通する仕組みが整備されたのが18世紀という時代だった。

新刊も古本も「出版・流通・販売」一手に

 現代では出版社、出版取次、小売店による分業が一般的な「出版・流通・販売」の流れを、江戸時代は「本屋」が一手に担った。新刊だけでなく、古本も扱った。こうした形態には、「浮世絵でも戯作でも、時流に合ったテーマを思いつけばすぐに制作に取りかかれるメリットがあった」と鈴木教授は話す。

 江戸時代の本屋は、幕府による統制にも対応を迫られた。1786年、老中・田沼意次が賄賂・縁故政治への批判などで失脚。松平定信が実権を握り、社会への風刺を含んだ黄表紙や、遊郭を舞台にした読み物「 洒落(しゃれ) 本」などが禁止された。

 一方、幕臣の教育に朱子学を奨励するなどした定信の改革に端を発した学問ブームは、地方の人々が書籍に目を向けるきっかけにもなり、儒教の教えを分かりやすく紹介する「 経典余師(けいてんよし) 」の需要が高まった。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」など、庶民も楽しめる本が広く読まれたこともあり、19世紀以降は大都市以外の本屋も活気づいた。

ネット主流の今

 出版文化は明治以降、大きく変わった。本を全国に流通させる鉄道などの交通網が発達し、雑誌など出版物が多様化した。新刊と古本の流通が分離し、出版社と取次の分業が進んだ。

 昭和30年代から40年代前半の全集ブーム、その後の文庫・新書の創刊ブームなどもあり、地域の人々が利用する書店が全国に誕生した。だが新刊本の刊行数は2013年の8万2589点をピークに下落。インターネット販売に押され、各地の書店が減少する事態となった。

 本の歴史に詳しいフランス文学者の鹿島茂さんは「雑誌と新書・文庫によって利益が支えられていた本屋の減少は今後も避けられない」と指摘。その上で、「新刊本と古本が分離した近代以降の書店のあり方が分岐点にある。出版・取次・新刊販売・古本販売を一手に担った江戸時代の本屋のメリットも、再評価する時に来ている」と書店の将来を展望する。

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