職場の若者は本当に「成長」したがっているのか? その言葉の裏にある深層心理

成長したい若者は「実在」するのか。この問題は既にある程度答えが出ている。 まずは構築主義的な視座から「社会的にそう思われていること」と実態が乖離している可能性がある。率直に言えば、「成長をしたい」若者がメディアその他によって作られていると考えうる。バズり目的、浅い印象論、あるいは面白おかしく切り取られることで、ないものがあるように語られる。間違ってはいないし残念ながら一部は正しいだろう。 問題はそれ「だけ」で終わらない。核心は、存在しないものが作られることではなく、作られたものがなぜかリアリティをもって受容され社会に根付いていく点にある。メディアが勝手に作っていると冷笑しながら、なんとなく受容して楽しまれてもいるはずだ。 実際に転職は別に増加していないにもかかわらず当たり前のものとして「一般化」している。一抹の真実性を感じるからこそ、作られた言説は社会に根を張るのである。 また、離職と離職志向は違うことにも注意が必要だろう。嫌な職場だからといって実際に辞める人は多くはない。「成長したいと答える若者が実際に成長をしたがっているとは限らない」のだ。

成長したいと答える若者が実際に成長をしたがっているとは限らない。この一見意味不明な文を理解するためにエピソードを紹介しよう。 ワークライフバランスという概念がある。仕事と家庭(プライベート)がバランスできていることを意味する。働き方改革にともなって普及し、「若者はワークライフバランス重視」「だから飲み会も断る」といった言説が一般的に聞かれるようになった。 筆者も気になって「みなさんやっぱりワークライフバランスを重視しますか?」と学生に問うてみた。ちなみにワークライフバランスは非常に言いづらく5回くらい嚙んだ。 すると、かなりの割合で「重視」に手が挙がる。なるほどやはり…と思ったところで、ある学生から質問が飛ぶ。「すみません、ワークライフバランスって何ですか」。言葉を知らなかったらしい。「最近よく話題になる概念で、仕事と家庭が両立できている、バランスが保たれているって意味です」。学生は、不思議そうな顔をして答える。 「? わかりました、ありがとうございます。意味はわかりました。でもそれって変じゃないですか? バランスできている状態をイヤって言う人いるんですか?」 ハッとさせられるような意見である。 ワークライフバランスは字義の通りワークとライフが「バランス」している状態を指す。そしてバランスは「うまくいっている状態」を意味として含む。だから若者に「ワークライフバランスを重視しますか?」と訊いて、否定的な答えが返ってくるわけもない。 「いや私はバランスを崩してでもどちらかを取りたい!」とはそうそう思わないだろう。片方をおざなりにするでなくバランスを取れているほうがいいだろと思うのは当然だ。 こうして若者は「ワークライフバランスを重視する」のである。ある概念への是非や志向を問うとき、往々にして「社会的望ましさ」が未然に潜り込んでいる。 また書籍『静かに退職する若者たち』の著者、金間大介氏は結論として、まず「意識の高い」若者は一部だが存在する(体感1〜2割)と述べる。加えて知識やスキルの獲得におけるファスト化と平均値からの脱落への恐怖を成長志向の高まりの要因に挙げる。成長なるものが簡単に短期間で得られると理解(誤解)されており、「みんなやってるから」ととりあえず同意しておくわけだ。 こうして「みんな本当に成長したいとは思っていないのに、調査をしてみると成長を重視しているという結果が得られる」状況ができ上がり、成長神話が形成されていく。

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