【コラム】バーナンキ氏の石油ショック論、今こそ真価を発揮-レビン
イスラエルとイランの紛争による原油価格ショックが最悪期を脱したとすれば、米連邦公開市場委員会(FOMC)にとって利下げを妨げる表面的な障害がまた一つ消えたことになるかもしれない。
米国による核施設攻撃に対するイランの反応は、懸念されていた最悪のシナリオであるホルムズ海峡閉鎖よりもはるかに抑制されていたことから、原油価格は23日に下落した。イランは中東最大の米空軍基地にミサイルを発射したが、いずれも迎撃され、死傷者は出なかった。トランプ米大統領は攻撃が事前に伝えられていたことを明らかにし、イスラエルとイランは暫定的な停戦に合意したと発表した。この状況が続けば、エネルギー市場の動向を基に政策当局者は9月までに利下げを実施することができるだろう。
もちろん、金融政策にとって原油はそれほど重要ではないとの意見もあるだろう。そして、それは間違いではない。現在の経済学の通説では、米連邦準備制度理事会(FRB)は一時的な供給ショックは見過ごすべきだとされている。インフレ期待が全般的に低く安定している経済状況下では、一時的な物価変動はインフレ動向に長期的な影響を及ぼすことはなく、利上げで対応すれば経済や労働市場に無用な損害を与える恐れがあると、エコノミストは考えている。実際、原油価格ショックは歴史的にリセッション(景気後退)と関連付けられているが、バーナンキ元FRB議長が共著した著名な論文では、原油ショックに伴う「影響の重要な部分」は原油上昇そのものではなく、不適切な利上げに起因すると指摘されている。
しかし、新型コロナウイルス禍によって引き起こされた最近のインフレ局面は、エコノミストにこの金融政策の核心的な問題を再考させるだけでなく、恐らく「過度な」再考を促すことになった。先月のFRBの会議で政策当局者や著名な経済学者を前に発表された論文の中で、リサーチャーのオリビエ・コワビオン、ユーリイ・ゴロドニチェンコ両氏は、インフレに対する認識に関する消費者調査に注目し、現在と過去においてインフレ期待は「定着していない」と主張した。つまり、FRBとインフレ期待に対する既存の認識が誤っていたというのだ。
この場合の「定着していない」とは、2010年代のようにインフレが総じて低い時期には期待も低く、2021-24年のようにインフレが高まった時期には期待も上昇するという現象だ。消費者や企業は中央銀行に対する根本的な信頼が薄く、インフレ期待も状況次第で揺れ動く。期待が実際の物価動向を引き起こすというインフレの性質上、期待が定着していない状況では、一時的なショックが持続的なインフレへと転じる可能性が生じる。コワビオン、ゴロドニチェンコ両氏の論文が示唆するところは、中銀はこれまでの経験則を見直し、原油供給ショックに対して直ちに対応し、政策手段を活用してインフレを迅速に目標水準に戻す必要があるということだ。
この見解は金融政策当局者の考えを大きく変えたのだろうか。それは定かではない。ただ、金融政策の見極めで十分な不確実さがもたらされ、すでに押し上げられているインフレ期待がこれ以上高まっていないことを確認するまで、当局者に利下げを思いとどまらせた可能性もある。だとしたら、それは不幸な結果と言えよう。なぜならインフレ期待に関する多くの懸念は、ミシガン大学調査を含む極めて不完全な消費者マインド指数に基づいているからだ。イラン情勢が今後どう展開しようとも、政策決定者は食品やエネルギーなど変動の激しい項目を除くコアインフレのハードデータに基づく分析に集中すべきだ。
結局のところ、米国経済と石油の関係は急速に変化している。数十年前には、米国とイランがミサイルを撃ち合っても、原油や株式市場がこれほど冷静でいられる状況は想像もできなかっただろう。しかし自動車産業は電動化へシフトし、シェール革命により米国は有力なエネルギー生産大国へと変貌を遂げた。ロシアのウクライナ侵攻で原油が急騰しても、米国経済と消費者物価全体への影響は限定的だった。
こうした状況におけるリスクは、地政学や貿易を巡り多くの不確実さが存在するとして、インフレ期待に対して過度に慎重になり、労働市場の軟化を見過ごしてしまうことだ。関税措置は今後数カ月に物価を押し上げると広く想定されているが、実際のインフレ率はここ最近は緩やかに推移している。さらに米国の失業保険継続受給者数や新規申請件数の4週移動平均は増加傾向にあり、失業率の小幅上昇を示唆している。
関税問題は依然として不透明だが、夏までに何らかの解決が見込まれるだろう。結局のところ、リスクを避けたい政策当局者にとって最善の選択肢は9月利下げに向けた準備を整え、今後の経済指標がそれを裏付けるなら、それよりも早期に利下げを行うことだ。
(ジョナサン・レビン氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Bernanke Consensus on Oil Shocks Is Truer Now: Jonathan Levin
(抜粋)