「発達障害に生まれてよかった」 発想と追求で築いた1兆円企業
インタビューに応じるニトリホールディングスの似鳥昭雄会長=東京都北区で2026年2月13日、宮本明登撮影
1967年12月。札幌市北区の一角で、30坪(約100平方メートル)の「似鳥家具店」が産声を上げた。家具販売大手・ニトリの原点だ。
月60万円の売り上げが損益の境目だったが、当初の売り上げは約40万円。業績が伸びない最大の要因は接客だった。
創業者の似鳥昭雄・ニトリホールディングス会長(82)が子供の頃から抱いていた会話への苦手意識は、事業を立ち上げた後もつきまとっていた。
だが、その後の数年間で風向きを変える二つの出来事が起きる。
全2回の後編です 前編 1件も契約取れずクビ、10社不採用…どん底からのニトリ創業
最初の転機は結婚だった。
8人目のお見合いで現在の妻に出会った。妻の接客能力に助けられ、売り上げはあっという間に2倍、3倍と増えていった。
もう一つは27歳の時の米国訪問だ。
巨大なショッピングセンターを歩くと、日本の3分の1ほどの価格でソファ、ベッド、ダイニングセット、カーペットなど、あらゆる生活用品が並んでいた。当時の日本の家具店にはない商品ばかりだった。
「日本でも実現したい」
人との対話や記憶は苦手な一方、思いついたら一直線に突き進む。後に発達障害の一つ、注意欠如・多動症(ADHD)だと明らかになる似鳥氏の特性が、ここから発揮されていく。
特性が生んだ好循環
手始めに販売したのはカーペットだった。続いてカーテン、食器、調理器具、家電――。消費者の視点に立って「不平」「不満」「不便」を探しだし、それを解消するような商品を市場に投入し続けた。
例えば冷感寝具「Nクール」シリーズ。「エアコンを使わなくても、寝苦しい夜に快眠できるように」という思いから開発…