仕事を失った絶望期「本人の話を聞いた」 対戦相手・比嘉大吾に支えられた堤聖也の闘争心

ボクシングのWBA世界バンタム級(53.5キロ以下)タイトルマッチ12回戦が24日、東京・有明アリーナで行われ、王者・堤聖也(角海老宝石)と挑戦者の同級4位・比嘉大吾(志成)が激突した。2020年に一度は引き分けた、高校時代からの親友同士の決着マッチ。同学年の2人が歩んだそれぞれの軌跡を「比嘉編」「堤編」「完結編」の3回にわたってお送りする。第2回は「堤編」

比嘉大吾(手前)に流血しながらパンチを繰り出す堤聖也【写真:中戸川知世】

 ボクシングのWBA世界バンタム級(53.5キロ以下)タイトルマッチ12回戦が24日、東京・有明アリーナで行われ、王者・堤聖也(角海老宝石)と挑戦者の同級4位・比嘉大吾(志成)が激突した。2020年に一度は引き分けた、高校時代からの親友同士の決着マッチ。同学年の2人が歩んだそれぞれの軌跡を「比嘉編」「堤編」「完結編」の3回にわたってお送りする。第2回は「堤編」

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 堤は昨年10月に悲願の世界王座奪取。比嘉と食事に出かけ、引退を告げられた。初防衛戦までの4か月。変わらず闘争心を持ち続けられたのは、体重超過による資格停止期間中の比嘉の話が少なからず影響していた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 昼メシの席。目の前に座るダチに投げかけた。

「どうすんの?」

「辞める。ボクシングはもういいよ」

 昨年10月半ば。堤は自分と対戦する可能性を踏まえて聞いたが、比嘉の決意は固かった。1週間前に井上拓真との12ラウンドの激闘で世界王座を奪ったばかり。「お前、スタミナ凄いなぁ」。褒めてくれる笑顔は他人事。互いの試合の話から他愛のない世間話まで。「また今度ゆっくりな」。もう拳を交えることはない。そう思っていた。

 アマチュアだった高校時代は自分の2戦2勝。先にプロ入りした比嘉に猛スピードで追い抜かれた。18歳で沖縄から上京し、21歳で世界王者に。デビューから15戦連続KO勝ちの日本タイ記録を打ち立てた。「刺激をもらえる存在だった」。平成国際大に進み、アマで戦っていた堤には輝いて見えた。

 大学卒業とともにプロデビュー。2020年10月、7戦目で比嘉と引き分けた。追いつき、世界王者になって追い越した昨年。挨拶回りで地元・熊本に帰省中、ジムから連絡を受けた。「比嘉がやっぱり動き始めたらしい」。引退を翻したのは世界戦だったから。その相手が自分だった。

「なんだよ」

 重かったはずの決断が覆され、口を尖らせた。そんな折、比嘉本人から真っすぐな報告をもらった。

「あなたが大好きだから。筋を通します」

 腹は決まった。「変な相手じゃなくて良かった。しっかり気を張って準備できる」。最大の武器は心の強さ。相手が弱ければ、精神をつくり上げるのが難しい。復帰を両手で歓迎し、走り出した。

「尊敬している友人。シンプルに友だちと世界タイトルマッチで戦うってなかなかない。それを純粋に楽しみたい」


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比嘉戦で入場を終え、覚悟の決まった表情を浮かべた堤【写真:中戸川知世】

 過酷なトレーニングで追い込んだ。スパーリングは100回以上。「ベルトを守ろうだとか、迎え撃とうだとか、そういう感覚で臨んだら間違いなくやられる」。流した汗の分だけ心も研ぎ澄まされていった。リング上で「執念」を持つために大事な期間だった。

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「実際にきつい局面に立った時に生まれる自分の心との勝負。拓真戦では凄く準備してつくったけど、一度できたものをもう一度そのまま同じようにつくれるのか。それは難しい。またハードなトレーニングをしてつくっていく。つくれていると思っても、実際にはできていないこともある。究極の状態まで自分を持っていって、極限のトレーニングや準備の中で心がつくられていく」

 比嘉がボクシング映画「ロッキー」の第1、2作でモチベーションを高めているという記事を見た。負けじと6作目のファイナルまで制覇。世界王座から転落した主人公が人生を懸けて再起する。「アイツにピッタリじゃん。ファイナルまで見ていたら、めちゃくちゃプラスに働いてしまう。やべぇな」。画面の前でそう思いながらも、ニヤリと笑った。強い相手に勝つから価値がある。

 世界王者の夢を叶えて4か月。気持ちを切らさず追い込めたのは、実は過去に聞いた比嘉の話のおかげでもあった。

 2018年4月、比嘉はWBC世界フライ級王座3度目の防衛戦で体重超過を犯した。当時、世界戦では日本人初の失態。王座を剥奪され、日本ボクシングコミッション(JBC)から無期限の資格停止処分を受けた。

 仕事もなく、やることがなかった絶望期。堤は今、当時を思い出す。「どん底に行ったところも見ているし、その時の本人の話も聞いた。僕もいざ世界王者になってもあまり調子に乗らず、割と変わらないままいられている」。ベルト1本持つだけで180度変わった周囲の視線。自制しながらハングリー精神を大事にした。

「アイツの立ち位置もわかっているし、しっかり敬意を持って終わらせる」。ライバルに向ける言葉は鋭い。ともに29歳。負ければ次のチャンスは来ないかもしれない。試合に向けた会見。2人は同じ言葉に決意を込めた。

「勝つ以外に道はない」

 リングは炎に包まれる。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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