韓国「ホルムズ海峡派兵」で問われる、‘国益’の中身…活路は憲法5条か(徐台教)
降って湧いたような「ホルムズ海峡への派兵」案をめぐり、韓国社会が揺れに揺れている。「やむを得ない」と「絶対にダメ」との間で意見が割れる中、双方とも主張の根拠に‘国益’を挙げる興味深い現象が起きている。争点をまとめた。
・ホルムズ海峡への派兵という爆弾
派兵騒動の口火を切ったのは韓国メディアだった。
3日夜から地上波テレビSBSをはじめ、各メディアが一斉に、韓国政府が米国を支援するためホルムズ海峡への派兵を決め、準備を始めた旨を報じたのだった。
これらを総合すると、ホルムズ海峡には海軍からP-8海上哨戒機、軍需支援艦、特殊部隊の爆発物処理班などが送られる模様だ。警護、支援、機雷処理とそれぞれの役割が明確な部隊で、総勢は約150人という報道がある。
艦艇が決まるなど、既に具体的な派遣案が作られ、政府は遠からず国内での手続きを始めるという内容もあった。派兵には国家安全保障会議(NSC)での決定と、国務会議(閣議)での議決、さらに国会の同意が必要だ。これらを踏まえ「派兵までには2か月」と書くメディアも存在した。
とても具体的だが、韓国政府は曖昧な姿勢を見せている。
やはり各韓国メディアによると、青瓦台(大統領府)高官は4日の時点で「韓半島の備えを大きく損ねない範囲で動ける」としながら、「何も決まっていない」と明かしている。
李在明大統領もまた、4日の市民団体代表たちの懇談会の席で「派兵という単語は適切ではない」と述べたとされる。7日、国防部も「国際社会と緊密に協議中」、「具体的な方案については現在、何も決まっていない」とかわした。
政府の慎重な態度は、派兵が韓国社会にとっていかに大きな問題なのかを、逆説的に物語っている。
「約150人を派兵」と伝える、韓国地上波テレビSBS。李大統領は派兵という言葉を嫌っているようだが、どのメディアも派兵としている。4日のSBSニュースをキャプチャ。・国内では賛否両論が噴出
政府の心配をよそに、派兵の賛否をめぐる議論は燎原の火のように広まっている。
先の大統領選では党を挙げて李在明候補を支持した、第二野党・祖国革新党(議席12)では7日、申荘植(シン・ジャンシク)代表が「(派兵を進める)あらゆる段階で反対意思を明確にしていく」と党を挙げて反対することを宣言した。
やはり同じ進歩陣営の進歩党(議席3)も6日の論評で、「派兵には一顧の価値もない」としている。こちらは反米・自主という党路線もあり、より強い論調だ。正義党(議席0)も4日、「ホルムズへの派兵は絶対に、ホルムズだけでは終わらない」と大統領に警告した。
市民社会も強く反発している。
韓国で最も強い影響力を持つ団体の一つ「参与連帯」は4日、『侵略戦争への参戦に反対する』との論評を発表し、派兵は名分の無い侵略戦争への加担であると主張した。
特に政府がこれまで繰り返してきた「実質的な寄与」の中に、「軍事的な寄与」を含めた点を強く批判した。
やはり影響力が強い「民主社会のための弁護士会」も4日、『政府はホルムズ派兵推進を中断せよ』との声明を出している。派兵は「戦争への介入である」と断じた。
一方、保守陣営の姿勢は大きく異なる。
最大野党・国民の力(109議席)は派兵そのものについては、5日の論評を通じ「韓米同盟の信頼がかかった重大な事案」と支持している。
その上で、事ここに至ってもなお、フラフラと定まらない政府と大統領に対し批判を加えているのが特徴だ。「雰囲気をうかがわず、堂々と国民の前に出てきて説明せよ」という主張を繰り返している。
なお、与党・共に民主党(議席161)は現時点まで、党としての立場を明かしていない。政府への負担を考えてのことだ。韓国議会の定数は300だ。単独で過半数を占める同党の賛成だけで派兵は決定するため、世論の動向もうかがっている。党内では賛否がある。
メディアはどうか。新聞各紙の社説も概ね上述してきたような枠組みの中にある。保守紙・中央日報は5日付の社説で「政府の(派兵)決定は正しい方向である」と評した。
他方、リベラル紙・京郷新聞は7日付の社説で「米軍の軍事作戦への支援は、どう包装しても不義の戦争への加担だ」と派兵に反対した。その上で、説明責任を果たさない李大統領を批判した。
同じくハンギョレも7日付の社説で、「ホルムズ派兵はイランとの関係に破綻をもたらすし、派兵した将兵だけでなく、海外の僑民(滞在・居住する韓国人)までも危険に陥れる」と反対意見を掲げた。
ソウルをはじめ、韓国各地で「ホルムズ派兵反対」行動が続いている。写真は7日、大田(テジョン)市庁前で行われた、大田自主統一平和連帯による集会。林在根(イム・ジェグン)さん提供。・米国とイランの反応
韓国政府の派兵計画について、米国は歓迎している。地上波MBCは5日、「韓国が中東地域に支援を展開することを、依然として待っている」という米政府高官の発言を報じた。
トランプ大統領による直接の言及は、現時点では無い。
しかし、韓国メディアでは「私が『イランと関連し、少しだけ支援してくれないか』と聞いたら、彼ら(韓国)が『しない方がよい』と答えた。(中略)覚えておく」というトランプ氏の先月30日の発言を、米側からの圧力の証拠と読み解いている。
同氏は今年3月にも「ホルムズ海峡を通じ、石油を輸入するそれぞれの国は、ホルムズ海峡の航路に責任を持つべき」と述べ、韓国ほか5か国に軍艦の派遣を要求していた。韓国政府は当時、慎重に判断するとかわしたが、それももう限界に達したという見方だ。
もう一方の当事者であるイランの反応はより強烈だ。同国外務省のイスマイル・バガイ報道官は7日、自身のXを通じ韓国語で派兵への警告を発した。
「いかなる国であろうと、ホルムズ海峡で軍事的に駐屯し作戦に参加することは、侵略行為の当事者を直接的に支持するもの」とし、「深刻な結果を招く」というものだ。添付した画像には「危険な選択には代価が伴う」と書かれている。
他にもイラン政府の高官が7日、レバノン系メディアを通じ、「韓国がホルムズ海峡でイランを相手に関与する場合、戦争に直接参加するものと見なす」と明かすなど、韓国への圧力を強めている。
・浮かび上がる「国益」
ここでもう一度、原点に立ち戻りたい。
韓国はなぜ、派兵を計画しているのだろうか。その背景について、韓国政府は「国益」を掲げている。実際に今月4日、青瓦台の高官は「ホルムズ海峡での自由な通航は、韓国の国益にとってとても重要な部分」と明かしている。
韓国の原油の7割が、そして天然ガスの2割がホルムズ海峡経由で輸入されている。代えの航路や調達先があるとはいえ、このままという訳にはいかない。
さらにこの国益こそが、派兵をやむを得ないとする側にも、派兵に反対する側の根拠とされているのだ。
先に引用してきた社説のタイトルからもそれは明らかだ。
例えば保守紙・中央日報は5日付の社説で『ホルムズ参加、国益と同盟を守る選択とすべき』とする一方、リベラル紙・京郷新聞は6日付の社説で『米国の圧迫が強くとも、国益を損ねるホルムズ派兵決定はいけない』とした。
しかし、同じ国益でもその内情は異なる。
派兵に賛成する場合の国益とは、韓米同盟こそは韓国の生命線であり、米国の要請を断ってはならないという、いわば「安全保障と経済の論理」である。
原潜導入やウラン濃縮権限の獲得といった大きな議題に加え、米朝対話を促進したい立場から事を荒立てたくない。
一方、派兵に反対する場合の国益は、不法な侵略戦争・暴力行為に加担することを拒否し、イランの人々、韓国の兵士、海外同胞の安全を守るという、いわば「生命の論理」と言える。
この二つの究極的な価値が対立しているのである。
・憲法5条の価値を中心に議論を
韓国政府はどうすればよいのか。韓国社会はどこに向かうべきなのか。
その答えは既に出ている。保守紙・東亜日報が8日付の社説『ホルムズ派兵のジレンマ、真摯な議論を始める時』で主張したように、対話をする他にない。
政府はなぜ派兵すべきなのかを主権者である国民に説明し、各政党は相手をやりこめるためのものではない、建設的な議論を行うべきだ。もちろん、市民社会もこれに参加する。
しかし、議論の際にも基準が必要だろう。そしてそれは結局、憲法しかない。
韓国の憲法第5条1項にはこうある。
大韓民国は国際平和の維持に努力し、侵略的な戦争を否認する。
この原則に沿って、世界で戦争が絶えない今、韓国政府は取るべき立場をいま一度決めることが求められているのではないか。
日本の高市首相が憲法9条を盾にホルムズ海峡への自衛隊派遣を拒否したように、韓国も憲法5条を読み直す時だろう。こんな主張は既に各所で行われている。
韓国の進歩派には過去、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府時代の2003年と04年、イラク派兵をめぐり分裂した痛い記憶がある。さらに、今回の派兵が既に深刻な保守・進歩陣営の対立を深めてはならないだろう。
調査によっては30%後半まで支持率が下落した李在明大統領にとっては、昨年6月の就任後、最大の正念場となる。小手先の論理をかざすのではなく、正面から主権者に向き合うことができるだろうか。(了)