なぜトランプ大統領はイランへの攻撃に踏み切ったのか?インテリジェンス軽視の楽観論が招く「取り返しのつかない失敗」(東洋経済オンライン)
大手商社の調査部門で国際情勢に精通し、70カ国以上もの国々を実際に訪れてきた国際情勢アナリスト・武居秀典氏が、このほど『海外経験ゼロの私に、世界と経済をイチから教えてください!』を上梓した。 私たちが日々見聞きする情報は断片的で、この世界のことをわかっているようで、実はわかっていない。 今回のアメリカによるイランへの攻撃を、インテリジェンスのプロはどう見ているのか。日本が学ぶべき教訓は何かをお届けする。
■そもそもなぜ開戦に踏み切ったのか アメリカとイスラエルによる対イラン戦争が泥沼化の様相を強めている。そもそも、なぜ、このタイミングで戦争に踏み切ったのか。 トランプ大統領は「イランという脅威を排除するため」と説明するが、イランがアメリカにとって脅威であることは今に始まった話ではない。差し迫った危険があったという根拠も曖昧で、大統領自身の発言も日々変化している。 大規模攻撃により多数の民間人が犠牲になっていることも踏まえれば、開戦判断とその説明責任は、より厳しく問われるべきだ。
今回の戦争については、背景や経緯、原油価格への影響など多くの分析があるが、ここでは筆者が最も注目する1点に絞りたい。 それは、トランプ政権によるイランの過小評価、そしてインテリジェンス軽視による見通しの甘さである。泥沼化の最大の要因はここにあり、この点は、日本に重要な示唆を与えている。 戦争相手国としてイランを評価する際には、①軍事力、②人口・経済力、③国家体制の3点が重要になる。以下、順番に見ていこう。
■桁違いの大国イラン ①軍事力 まず、軍事力だ。軍事力評価機関GFPの最新指標によれば、イランの軍事力は世界16位。中東では、トルコ(9位)、イスラエル(15位)に次ぐ規模で、現役兵は約60万人と地域最大級だ。アメリカとの差は大きいものの、注意すべき点が2つある。 ・冷戦終結以降、アメリカが相手にしてきたイラク、アフガニスタン、シリア、そして、最近のベネズエラとは比較にならない軍事大国であること。 ・正規軍戦力の弱点を補うため、ミサイル・無人機・高速艇といった非対称戦能力を主軸として発展させてきたこと。
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特に後者は、アメリカ・イスラエルとの対立の中で、長年にわたって戦略的に準備してきたものであり、実際、この戦力は威力を発揮している。 ②人口・経済力(国力) 次に、国力だ。イランの人口は、約9300万人で世界第17位。中東最大である。経済力はアメリカの制裁により世界44位にとどまるが、中東ではサウジアラビア、トルコ、イスラエル、UAEに次ぐ規模だ。 筆者は10年ほど前にテヘランを訪問したことがあるが、想像以上にインフラが整備されており、アメリカには決して負けないという意気込みからか、数値以上の力強さを感じた。こうした国力が戦争準備・遂行能力に直結する。
③国家体制 最後に国家体制について。 イランは「最高指導者による独裁国家」と見られがちだが、注目すべきは「イスラム国家体制の強固さ」である。 ハメネイ氏の高齢を踏まえれば、後継体制や組織的意思決定の仕組みを準備していたことは想像に難くない。政府・軍指導層に損害が出ても軍事的対抗を続けていることが、その強靱さを示している。また、国民の体制支持も欧米報道されているほど、弱くはない。 アメリカがここまであげたようなイランの実力を把握していないはずがない。
報道によれば、国家情報会議(NIC)は「軍事介入による即時の政権転換は期待できない」と分析し、大統領に報告していたという。 イスラエルからの強い要請があったとも言われるが、いずれにせよ、トランプ大統領は、インテリジェンスを軽視し、軍事攻撃に踏み切ったことになる。 政治判断にはさまざまな要素があるにせよ、冷静な情報分析を無視した決断が現実に下されることは十分ありえる。その根拠は「一撃を与えれば、政権はあっさり崩壊する」という希望的観測だ。
こうした過小評価と楽観論に基づく戦争開始の例としては、ロシアのウクライナ侵攻があげられる。 そして日本も80年前以上に同じ過ちを経験した。アメリカの国力が日本を大きく上回ること、戦争が長引けば不利になること、勝算が乏しいこと等は、戦前から分析されていた。 それでも開戦に踏み切り、悲惨な結果を招いた。国家規模、時代を問わず、こうした誤りは繰り返されている。 ■日本の中国過小評価がもたらすもの この教訓を日本にひきつけて考えると、現在の「中国への向き合い方」が浮かび上がる。日本が低迷する一方で中国の国力が増すなか、SNSでは中国を軽視する言説が目立つ。
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G7首脳が相次いで中国を訪問するなか、高市政権は支持層向けなのか、中国に対する強硬姿勢を誇示し続けている。 しかし、冷静にみれば、中国の経済規模は日本の4.6倍、人口は11.5倍、国土面積は25倍。軍事力も中国の世界3位に対し、日本は同7位である。 隣国である中国は確かに脅威だが、対抗手段は本当に軍事力だけなのか。「攻められないだけの軍事力が必要」という主張は一見もっともらしいが、中国が日本以上のペースで軍拡を進めるなか、どこまで軍事費を増やせばよいのか。
アメリカとイスラエルは、イランが核を持つことは許さないとして攻撃に踏み切った。こうした行動を日本が容認すれば、極端な話、日本が核保有を議論するだけでも、中国に攻撃の口実を与えかねない。 そもそも、最悪、中国との紛争に陥った場合、その出口はどこにあるのか。むしろ、経済・産業・技術面での対抗策をもっと真剣に検討すべきではないだろうか。 私たちにできることは何か 今は、イラン戦争の早期収束を願うばかりだが、この機会を、日本が中国とどう向き合うべきかを考える契機としたい。
政府の判断は私たちの生活に直結し、戦争となればその影響は計り知れない。しかも、冷静なインテリジェンスを軽視した政治判断は世界中で繰り返されている。 では、私たちにできることは何か。まず、世界で何か起こっているのか、その大きな構図のなかで日本がどの位置にあるのか、といったことにもっと関心を持つことだ。 玉石混合の情報を見極める目を養い、政府が誤った方向に進みそうなときには、主権者としてそれを止める必要がある。
日本は民主主義国であり、選挙などを通じて意思を示すことができる。これを怠れば、その災いは私たち自身に降りかかる。政府への白紙委任などもってのほかである。世界の動きを見据え、日本がどのような立ち位置を取るべきか、今こそ、冷静に考える時である。
武居 秀典 :国際情勢アナリスト