「僕、もう死にたいよ…」親子二人が死亡した衝突事故 残された長男の慟哭と容疑者の”暴走体質”
まだ冬の寒さが残っていた3月7日早朝5時半――富山県富山市八町の国道8号交差点で乗用車と軽自動車が衝突する事故が起きた。上田絵莉加さん(38)と上田壮芽くん(14)親子の命を奪い、危険運転致死の疑いで逮捕されたのは、法定速度の2倍以上の猛スピードで交差点に突っ込んできた赤いシビックの運転手、杉林凌容疑者(26)だった。
「事故当日は激しい雨が降っており、路面はスリップしやすい状態でした。にもかかわらず、杉林容疑者は時速140キロ以上で走行していました。事故現場の法定速度は時速60キロですから、まさに暴走です。警察の調べに対して杉林容疑者は『赤信号でも行ってやろうと思った』『他の車を追い抜こうと思った』などと供述しています。杉林容疑者は事故を起こす前から国道8号線を猛スピードで走行していました」(全国紙社会部記者)
県内在住の男性Aさんが事故直後の悲惨な様子を明かす。
「事故の直前、私の父親が運転する車を杉林容疑者のシビックが猛スピードで追い抜いて行ったのです。父親が事故現場となった交差点に着いたのは事故が起きた直後でした。母親は大破した車の中に閉じ込められていて、何度窓をたたいても応答がなく、お子さんは車の外に投げ出されていて……。『外傷があまりに酷く、私ではもうどうにもできない状態だった』と父は言っていました」
この日、杉林容疑者のほかにもう一台、8号線を暴走する車が目撃されている。
「杉林容疑者と同じシビックで色は白。色違いの2台が並びながら8号線を爆走しているのを父が目撃していました。レースでもしているつもりだったんでしょう。ただ、どこかで別れたのか、事故現場周辺に白いシビックの姿はありませんでした。2台が競うようにして爆走した末に事故が起きているのですから、警察は白いシビックも捜査すべきではないでしょうか」(Aさん)
杉林容疑者は富山市内の“走り屋”の間では有名だったという。自身も“走り屋”だった過去を持つ男性・Bさんが打ち明ける。
「8号線を走っていたとき、杉林容疑者の赤いシビックが私の隣につけたことがありました。急いでいてスピードを出していた私を競争相手と思ったのか、シビックは急加速して私をぶっちぎるとそのまま走り去りました。ナンバーと車種が特徴的だったので、ニュースを見てすぐにピンときました」
葬儀では気丈に振る舞っていたが…
杉林容疑者の会社の同僚によれば、「口数は少ない。ただ、おとなしく働いていたかと思ったら、ちょっとしたことで急に激昂することがあった。『とっつきにくい人』という印象です」という。
事故当日、「絵莉加さんと壮芽くんはハンドボールチームの遠征のため長野に向かっていました」と知人男性は目を赤くする。
「壮芽くんは、富山県内でも強豪のハンドボールのクラブチームに所属していたんです。長野県での試合に出るため絵莉加さんが車で送る途中の事故でした。普段はもっと大きい車に乗っています。ぶつけられたのは代車の軽です。
絵莉加さんはシングルマザーで、女手ひとつで二人の息子さんを育てていました。彼女は離婚したことを『失敗』と考えていて、生前よく『息子たちは真っ当に生きてほしい』と言っていて、壮芽くんがハンドボールの練習をサボると叱っていました。ただ、普段はとても優しく愛情深いお母さんでした。絵莉加さんを慕うママ友はたくさんいました。壮芽くんはとても明るく、チームの中でもムードメーカーでしたね」
上田さん母子の葬儀には、残された壮芽くんの兄が出席していた。
「お兄ちゃんは高校1年生です。泣き崩れる参列者がいるなか気丈に振る舞っていましたが、親しい友達には『僕、もう死にたいよ』と漏らしているようです。いきなり大切な家族を二人も失ったお兄ちゃんの気持ちを想像すると胸が張り裂けそうですよ……」
あまりに幼稚で無謀で無軌道な暴走により、一瞬にして何の罪もない親子3人の平穏な日々、幸せな未来が奪われた。自分だけのうのうと生き延びた杉林容疑者には厳罰が下されるが、この男は一生をかけても償えない大罪を犯したのだ。
白いシビックの運転手がこのまま逃げ切るのを富山県警は赦してはならない。
取材・文・写真:幸多潤平