7人に1人が「アンダークラス」の深刻さ~日本が直面する危機の本質(早稲田大学教授・橋本健二):時事ドットコム

 衆議院選挙は、高市自民党の圧勝に終わった。この結果は、今後の日本社会に何をもたらすのか。経済格差の観点から考えてみたい。

 選挙直前の2025年12月、最新の『所得再分配調査報告書』が公表された。日本の経済格差に関する、もっとも基本的な統計調査であり、ほぼ3年に1回行われ、経済格差の大きさをジニ係数という統計量を使って測定している。ジニ係数は、格差が最大のときに1、格差が全くないときに0の値をとり、通貨単位や貨幣価値の変化にかかわらず、経済格差の大きさを比較できるものである(以下の記述では、小数点第4位を四捨五入して示す)。

 これによると、賃金や事業収入などの合計である当初所得のジニ係数は、1962年に調査が始まって以来最大の0.586となった。格差拡大は40年以上にもわたって続いており、1980年の0.349と比べると実に0.237もの上昇であり、2016年にジニ係数が微減したことから格差拡大は一段落したかとも思われたが、その後は2020年、2023年と2回連続で大幅に上昇し、依然として収束していないことが明らかとなった。

 当初所得のジニ係数は、税制や社会保障制度による所得再分配が行われる前の格差を表わすもので、人々が労働に対する対価を正当に受け取ることができているかどうかを示す、最重要の指標である。とはいえ所得再分配によって格差が十分に是正されているならば、格差拡大の弊害はある程度まで抑えられるから、再分配所得のジニ係数も重要である。再分配所得のジニ係数は0.383で、やはり2回連続で上昇しているが、ピークだった2004年の0.387をわずかに下回っている。「高止まり」とみるのが妥当だろう。

 それでは衆議院で3分の2を超える議席を得た高市政権は、この格差拡大にどのように向き合うのか。衆院選でのスローガンは「日本列島を、強く豊かに」など抽象的で空疎なものばかりなので、手掛かりにはならない。重要な手掛かりとなるのは、国会答弁、そして自民-維新の連立政権合意書である。ここから次の2点が明らかとなる。まず、高市政権は最低賃金の引き上げに消極的である。また社会保障を後退させようとしている。

 2025年11月14日、高市首相は参議院予算委員会で、最低賃金に関して石破政権が掲げた「2020年代に全国平均1500円」とする目標値について問われたのに対し、「いつまでにいくらと申し上げるわけにはいかない」と答え、政府の方針を事実上撤回した。2000年代半ばから続き、ここ数年は上昇幅が大きくなっていた最低賃金の引き上げにブレーキがかかることはほぼ間違いあるまい。

 先述のように、当初所得のジニ係数は上昇を続けているが、実はこれを年齢別にみると、20歳代後半から30歳代前半の若者では、2004年から2022年にかけてジニ係数が大幅に低下している。若者、特に非正規雇用の若者は最低賃金に近い賃金しか受け取っていないから、最低賃金から受ける影響が大きい。だから最低賃金の引き上げが格差縮小につながったのだろう。しかしこの格差縮小は長続きしないことになる。

自民と維新の合意書が意味するもの

 自民-維新の合意書は、「社会保障関係費の急激な増加」と「現役世代を中心とした過度の負担上昇」を問題視し、「抜本的な改革を目指」すとしている。これは社会保険料と給付水準をいずれも引き下げることを意味するものであり、これによって社会保障制度の所得再分配機能は低下することになる。

 さらに「年齢にかかわらず働き続けることが可能な社会」の実現のため「高齢者」の定義を見直すとしている。おそらくは高齢者の範囲を65歳以上から70歳以上へと狭めようというのだろう。だとすれば年金を受け取れるのは70歳になってからとなり、多くの人々は70歳まで働き続けることを余儀なくされる。

 税制に関して付け加えると、高市首相は2026年2月20日の施政方針演説で、国民民主党のかねてからの主張を受け入れ、「働き控えの解消」のため「103万円の壁」を178万円に引き上げるとした。しかしこの施策に、格差縮小の効果はない。

 そもそも、自ら家計の柱となっている、非正規労働者を中心とする低所得者が、「壁」の存在によって働き控えするなどということはありえない。利益を得るのは、主たる家計支持者と家計補助的に働く非正規労働者からなる、中所得世帯である。

 また合意書には「給付付き税額控除の導入」も掲げられ、これは施政方針演説にも盛り込まれた。実現すれば一定の所得再分配効果が期待できるが、他方では格差縮小をもたらす最低賃金引き上げを減速し、社会保障を縮小させるのだから、その効果は完全に打ち消される。

 OECDの公表している統計によると、日本は主要先進国(G7)のなかで、当初所得と可処分所得(再分配所得とほぼ一致する)のジニ係数の差が最も小さく、税と社会保障による所得再分配効果がもっとも小さい国となっている。高市政権の下で、これらの所得再分配効果がさらに小さくなり、格差が拡大することはほぼ間違いない。

「アンダークラス」を放置すれば社会の持続性を失う

 40年以上にもわたって続いた格差拡大は、日本の社会を変質させてしまった。その最たるものが、私や山田昌弘氏、宮本みち子氏など何人かの社会学者が「アンダークラス」と呼ぶ非正規雇用で働く貧困層の拡大である。かつて非正規労働者は、パート主婦のように人生の一時期にのみ非正規雇用で働く人々が多数派だった。ところがバブル崩壊後、企業が新規採用を控えたことから、正規雇用の職を得ることができず、卒業直後から長期にわたって非正規労働者として働く若者たちが増えた。

 1990年代後半の経済危機、リーマンショック、そして新型コロナ禍と、景気後退のたびに、こうした若者たちが激増した。労働条件の低さなどから正規雇用を離れた若者や、いったんは専業主婦となったものの離死別を経て非正規雇用で働くようになった女性たちが、ここに合流してくる。これが、アンダークラスである。

 アンダークラスは極めて低賃金で、貧困に陥ることが多い。2022年の就業構造基本調査から推計すると、その数(専門・管理職と有配偶女性を除く非正規労働者の数)は約890万人で、就業人口の13.9%を占めている。低所得のため家族を形成することも、また子どもを産み育てることも困難であり、50歳代まで正規労働者とした働いた経験をもつことの多い60歳以上を除くと、その未婚率は男性で74.5%、女性で68.4%にも達している。

 アンダークラスはこのように次世代を産み育てることが少ないから、その子どもたちが次世代のアンダークラスになるわけではない。アンダークラスの規模が今のままである以上、他の階級の子どもたちがアンダークラスに転落するしかない。これらの子どもたちが子どもを持つことはない。だからその親たちは孫の顔を見ることができない。

 1990年前後に22歳で就職した元若者は、すでに50歳代後半であり、まもなく高齢者となる。これより下の年齢層には、各年齢あたり平均して十数万人から20万人程度のアンダークラスがいると推定される。こうして高齢貧困層が膨れ上がる。しかもその多くは、無年金者である。

快適な生活は、誰の犠牲の上にあるか

 アンダークラスは、サービス業や小売業、製造業、運輸業などに従事し、人々の仕事と生活を底辺から支える仕事に従事している。他の人々の快適な生活は、その犠牲の上で成り立っている。社会はその責任において、彼ら・彼女らの生活を、そしてその老後を支えなければならない。しかし高市政権の下、最低賃金が上がらず、社会保障が縮小するようになれば、彼ら・彼女らは放置されることになる。

 そんな悪夢の未来を避けるためにはどうすればいいか。私たちに残された時間は、あまりにも少ない。救いなのは、国民の間に格差縮小への合意が形成されていると考えられることである。

 上掲のグラフは、「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」という意見に対する賛否をみたものである。賛否には支持政党による違いが大きいので、支持政党別に示しておいた。合計でみると、「とてもそう思う」が23.3%、「ややそう思う」が47.2%で、7割以上の人々が収入の格差が大きすぎると考えている。この比率は野党支持者で80.2%、公明支持者で77.0%と高いが、もっとも低い自民支持者でも62.6%と6割を超えている。この世論を、いかに政府の政策へつなげていくかが問われるのである。(2026年3月10日掲載)

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橋本健二(はしもと けんじ)

1959年石川県生まれ。早稲田大学人間科学学術院教授。専攻は階級・階層論、労働社会学。主な著書に『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出書房新社)、『新しい階級社会』(講談社)、『女性の階級』(PHP研究所)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)、『現代貧乏物語』(弘文堂)、『居酒屋の戦後史』(祥伝社)など。編著に『戦後日本社会の誕生』(弘文堂)、『格差と家族の戦後史』(青弓社)。共編著に『盛り場はヤミ市から生まれた』(青弓社)、『格差社会と都市空間』(鹿島出版会)。

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