「2032年ごろ、人間は“寿命脱出速度”に到達し、老化の問題を解決する」

Photo: Randy Faris / Getty Images

Text by Daniel Arjona

死神が退却すれば、命のあり方もまた進歩するのだろうか。シリコンバレーは、人間の「死にグセ」を常に嫌い、この嘆かわしい生物学的エラーを修正するため、長年にわたって何億ドルも投じてきた。「取るに足らない死などありません。死は悲劇です。死は絆、愛、知識、知恵、能力の泥棒です」とカーツワイルは主張する。 彼は2025年2月に77歳になり、2045年には97歳になる。毎日、数十種類の薬やビタミン剤を80錠ほど服用している。その目的は、人類が「寿命脱出速度」に達するまで生きることだ。数年の差で、不老不死を逃してしまったとしたら、それこそ悲劇といえる。果たして彼は目的を達成できるだろうか。 「私は栄養や健康習慣に気を配り、常に最新の医学に関する情報に注目して、その進歩を活用できるようにしています」とカーツワイルは述べ、次のように説明する。
「寿命を伸ばすには3つの段階があります。第1段階では、現在の知識の最前線を応用して老化を遅らせます。第2段階では、バイオテクノロジー革命が全盛を迎え、AIと医療が融合して病気の治療に必要なデータが解き放たれます。いま私たちは第2段階の途中にいます。 2030年代には第3段階、ナノテクノロジー革命を迎えます。この段階では、赤血球サイズの医療用ナノボットが私たちの臓器や免疫システムを修復し、最終的に私たちの脳をクラウドに接続します。このとき、私たちは生物学的な限界を完全に超越することになります」

──寿命脱出速度に達するとは、具体的にはどういう意味なのでしょうか。

いまは1年生きると、寿命までの時間が1年減ります。ですが健康に気をつけていれば、3〜4ヵ月は取り戻すことができます。つまり、寿命までの時間は8〜9ヵ月しか減らないのです。けれどもAIは指数関数的に進化していて、2032年ごろには、1年生きると寿命が1年延び、それ以降は1年生きるごとに寿命が1年以上延びていきます。つまり私たちの健康状態は、時間を遡ることになるのです。  今後10年間で、私たちはようやく老化の問題を解決することになります。だからといって、永遠の命が約束されるわけではありません。20歳の健康な人が、明日には事故で亡くなることもありえます。ですがその問題にも、私たちはすでに取り組んでいます。自動運転の車は、これまで人間が起こしていた交通事故を大幅に減少させることになりますから。
2020年代後半に汎用人工知能が開発されれば、医療の進歩は充分に加速し、私のように健康に気を配っていれば、あなたも寿命脱出速度に達する可能性はあるでしょう。

──AIは医療にどのような影響を与えるのでしょうか。

医療は急速に、そして深く変化します。新型コロナのパンデミックがはじまって間もないころ、モデルナは、さまざまなAIツールを使ってmRNA配列を設計し、最適化し、わずか2日間で、新型コロナに適したワクチンの配列を発見して、無数の命を救いました。 けれどもAIは間もなく、より高度なバイオシミュレーションができるようになります。何億もの分子配列を迅速に試して、あらゆる病気の治療に最適な薬を見つけていきます。 2022年までの科学史で解明されたタンパク質の構造は約19万種です。ですが2022年、ディープマインドのAIモデル「AlphaFold2」は、2億以上のタンパク質構造を予測し、それらを無料で公開しました。科学者たちはいまでは、がんやアルツハイマーと闘う免疫システムを刺激するような特定の働きを持つタンパク質を開発できます。間もなく、細胞小器官、細胞、組織、臓器、そして最終的には全身をシミュレートできるようになるでしょう。
リスクが高く、高額で、時間もかかる臨床試験の代わりに、デジタル上で試験をシミュレートできるようになります。そうすれば従来の1000倍の速さで、かつ個々の患者に合わせた試験ができるようになります。老化そのものがもたらす有害な影響の治療も可能になるでしょう。 ──科学は、死を打ち負かすことができるかもしれません。ですが死ぬのは人だけでなく、社会制度もまた死に得ます。科学はこれまで、戦争と革命の間で発展したり後退したりしてきました。2045年の人類が、科学を拒絶し、たとえばシンギュラリティは悪魔が生み出したものだと信じている可能性はあるでしょうか。 たしかに、社会の制度や力学は時と共に変わるものです。けれども変わらないものもあります。科学は指数関数的に進歩するという事実です。1939年に開発された最初のプラグラミング可能なコンピュータは、1ドルあたり1秒間に0.000007回の計算を実行していました。 ですがいま、エヌビディアのチップ「B200」は、1ドルあたり1秒間に5億回の計算ができます。86年間で7京5000兆倍の増加です! 世界戦争、景気の良し悪し、世界的な大事件、またハードウェアの種類に関係なく、1ドルあたりのコンピュータの価格性能比は、1939年以来、平均して18ヵ月ごとに倍増しています。この着実で滑らかなトレンドのなかで、電気機械式リレー、真空管、トランジスタ、集積回路も進化していきました。 2045年には、ナノテクノロジーを使って、私たちの脳をクラウドに接続して知能を100万倍以上、拡張することになります。私たちはより多くの知識、思いやり、そしてつながりを持つようになるのです。思考の多様性はつねに存在し続け、シンギュラリティは私たちの個性を強調します。現在もそうであるように、将来、科学に反発する人も出てくるでしょう。ですが大多数の人は、AIの素晴らしい利点を活用するが待ちきれないはずです。
──デイヴィッド・チャーマーズのような哲学者は、私たちの「意識」のなかには、まだ理解されていない還元不可能な何かがあると主張しています。これがいわゆる「意識のハード・プロブレム」です。私たちは決して「意識」を再現することはできず、したがって汎用AIの実現は不可能だ、というわけです。この見解に対して懸念を感じますか。 AIが意識を持つようになるかどうかというのは哲学的な問題です。意識の存在を肯定、または否定する決定的な科学的証拠は存在しません。私たちは一人一人、意識を持っていると考えていますが、その共通の前提は、人間から離れると崩壊します。 動物もまた意識を持っていると考える人たちもいます。ですが、誰もがそう考えているわけではありません。そこから、「動物の権利」の問題が生じるわけです。 映画『スターウォーズ』のC3POやR2D2のような人間に近い機械を目にすると、彼らには意識があると私たちは考えます。けれども、それを証明する方法はありません。2029年には、AIはまるで意識があるかのように機能するようになり、このため私たちはAIを、意識があるかのように扱うようになるでしょう。 私の考えでは、意識は情報処理における一定レベルの複雑さと組織化から生まれます。AIが指数関数的に進化するなか、本物の意識と、その模倣を分ける線はどんどん曖昧になっていくでしょう。
──最終的には、知能は物理的であることをやめて宇宙に拡散すると、『シンギュラリティはもっと近くに』で説明されています。けれども、もし、より高度で攻撃的な異星人の超知能と遭遇したとすれば、どうなるでしょう。 もし、より高度で攻撃的な異星人の超知能と遭遇したとすれば、私たちの未来にとってそれは非常に良くないことです。けれども地球の外で、人間以外の知的な生物と出会う確率はほとんどないでしょう。シンギュラリティの後、人間の知能は地球外に拡散していきます。 そうなれば私たちの関心の中心は、他の惑星を探査し、私たちの知能を広めることになるでしょう。人間ではなく、ナノボットを送り込んでそうするのです。「ドレイクの方程式」(銀河系に知的文明を持つ生物がどれくらい存在するかを割り出す計算式)の存在が示すように、地球外生物は存在すると、多くの人は信じています。 けれども、こうした人々は、コンピュータの指数関数的な進歩のことを忘れています。もし私が提唱する「収穫加速の法則」を受け入れるなら、数十年後には、私たちは素晴らしい文明を目にすることでしょう。もし宇宙に私たちより進んだ文明があるとすれば、たとえ数百年先を行く程度でも、彼らは、いまごろ銀河系規模の工学プロジェクトに取り組んでいるはずです。でも、そのような兆候は一つも見当たりません。 ──私たちは、次のどちらのほうをより心配すべきでしょうか。私たちを奴隷化する人工超知能(ASI)の存在でしょうか、それともテクノロジーを牛耳る人たちが、人工超知能を使って私たちを奴隷化することでしょうか。
AIの脅威は本物であり、真剣に受け止めるべきです。けれどもそれは、人類を破滅させようとする異星人の侵略ではありません。それは私たちのなかから生まれ、私たちの人間性を反映しています。善人も悪人もAIと融合するようになります。だからこそ、私たちの価値観を反映し、社会制度を守り、改善するAIの開発を進めるべきなのです。 また、ここ数十年の間に暴力を激減させた倫理的理想を確実なものにする必要があります。私が子供のころは、私の周囲の人たちのほとんどが将来、核戦争は避けられないものだと考えていました。この恐ろしい兵器の使用を思いとどまる叡智を人類が持ち得たことは、新興のバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、人工超知能を、責任を持って使える力を私たちが持ち合わせていることの輝かしい一例です。 こうした危機を制御するうえで、私たちは必ずしも失敗する運命にあるわけではないのです。

──気候変動の危機の制御においても、同様のことが言えるのでしょうか。AIは膨大な電力を消費しますが……。

気候変動と関連したことで言うと、地球は、人類が必要としているエネルギーの1万倍以上の太陽光を受け取っています。AIはいずれ、このエネルギーを活用するためのツールを提供してくれるでしょう。太陽電池は1975年と比べると99.7%安くなり、おかげでその使用は200万倍増えました。新しい化合物とAIを通じて最適化された設計によって、太陽エネルギーは10年以内に市場を席巻するでしょう。
最終的には、エネルギーは事実上無料で無限になります。大量の汚れた海水を飲み水に変えることもできるようになり、食料生産に革命が起こるでしょう。AIに制御された垂直農場は豊作をもたらし、肉は動物を殺すことなく、ラボで培養されるようになります。そして食事はより健康的に、安価で、豊富になるでしょう。

──シリコンバレーではいったい何が起きたのでしょう。ほんの少し前まで、左派民主党の「ウォーク」文化の中心だったのが、いまでは、その住人たちがトランプやイーロン・マスクの前に続々とひざまずいている状態です。

シリコンバレーは、人々が思うほど左寄りではありませんでした。また、いまのシリコンバレーは、一部の人々が思うほど右寄りでもありません。政治的認識とインセンティブは変わりましたが、私と一緒に働く人たちは、党派に関係なく、人類に利益をもたらすために科学とテクノロジーを発展させることに注力しています。

シリコンバレーの原動力は技術革新、とりわけAIの分野における技術革新です。またシリコンバレーで成功しているのは、急速に変化する状況に適応できる個人や企業です。彼らは古い直線的な思考を捨てる覚悟を持ち、これまでにないことに挑戦する勇気を持ち合わせています。彼らは、政治を超えて、無限の可能性がある指数関数的な未来を見ているのです。


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