コラム:ビットコイン急騰、背景に潜む見逃せないリスク=尾河眞樹氏
[東京 19日] - 11月5日に行われた米大統領選ではトランプ前大統領が大勝し、上下両院まで共和党が過半数を制す「トリプル・レッド」が確定した。金融市場では2016年さながら米株高、米長期金利上昇、ドル高の「トランプ・ラリー」が続いているが、同時に筆者の目を引いたのは、ビットコイン(BTC)の急騰だ。
BTCの対ドルレートは、大統領選前日の11月4日時点では、1BTC=6万7086ドルだったが、トランプ氏の勝利が決まるとみるみる上昇し、翌週13日には、1BTC=9万3462ドルの高値を付けた。たった8日間で約40%もの上昇と、かなり大きなインパクトだったと言える。
一方、2016年11月8日の大統領選では、投開票日前日の終値706ドルから、8日後の15日終値は710ドルと、小幅な上昇に過ぎず、大統領選の結果による影響は殆どなかったと言っていいだろう。では、なぜ今年の大統領選では、BTCがここまでの大幅上昇となったのか。
<トランプ氏の絶大な支援姿勢>
筆者は、その主な要因は3点ほどあると考えている。第1に、トランプ氏による、暗号資産市場に対する絶大な支援の姿勢が挙げられよう。トランプ氏は今回の大統領選でビットコインでの献金を受け付けたり、「米国を世界の暗号資産の中心地とする」と発言するなど、暗号資産市場を支援する姿勢を示してきた。
同氏は今年7月、テネシー州ナシュビルで開催されたイベント「ビットコイン2024」に登壇すると、「今後政府が保有、または新たに取得するビットコインを100%保有し続ける」と述べ、「ビットコインを国家の戦略的な準備資産にする」との方針を示した。実現の可能性はさておき、そもそもビットコインは投機対象でボラティリティーが高いことを踏まえれば、今回トランプ氏が大統領選で大勝を果たしたという事実は、ビットコインが急騰するには十分な材料だったと言えそうだ。
<米国のインフレ再燃リスク>
第2に、米国のインフレ再燃のリスクが挙げられよう。ビットコインは、米連邦準備理事会(FRB)が利上げを開始した2022年3月以降、金との連動性が高まっている。今後トランプ氏の政策によりインフレが再燃すれば、通貨の価値は下がるため、ドル安・金上昇・ビットコイン上昇となりやすい。
トランプ氏の掲げる政策のうち、少なくとも、1)トランプ減税の恒久化、2)移民排斥、3)関税引き上げーーの3点は、今後米国のインフレを押し上げるだろう。FRBは2022年以降、インフレ抑制の目的で、景気過熱を抑えるべく利上げを実施してきたが、トランプ減税の恒久化は、再び景気を過熱させるリスクをはらむ。また、これまで米国にとって労働力の供給に貢献してきた移民が、仮にトランプ氏の発言通り強制送還されるなどして激減すれば、人手不足に伴い賃金インフレが加速する可能性もある。さらにトランプ氏は、対中関税を60%ー100%、その他すべての国に対する関税を10ー20%に引き上げるとしている。
例えば、前トランプ政権下の2018年に実施された対中関税は、産業機械や半導体、衣料品などに限っており、税率も25%としていたが、今回の公約ではすべての中国製品に対し、一律基本は60%とするなど、対象も税率も当時の比ではない規模となっている。トランプ氏はこれにより国内の産業を守るとしているが、関税引き上げは輸入物価の上昇につながり、結局は米消費者の負担になるだろう。
トランプ氏は、「化石燃料を掘りまくれ!」と発言し、これによってエネルギー価格が下落するため、インフレの抑制につながるとしている。しかし、食品とエネルギーを除く米消費者物価指数(コアCPI)の伸びを財とサービスに分けると、財は前年比マイナス1%と、既に価格は下落しつつある。足元原油価格も安定していることを踏まえれば、化石燃料の採掘増加が米インフレの抑制に貢献するとは言い難い。一方で、サービス価格は高水準で足踏みしており、むしろ移民排斥による人手不足で賃金インフレが再加速すれば、結果的にサービスインフレが再燃するリスクのほうが大きいのではないだろうか。
<米国の財政懸念>
第3のビットコイン急騰の背景としては、米国の財政懸念があるのではないかと筆者はみている。金とビットコインの共通点といえば、国が発行していない、通貨に最も近い資産であるということだ。
トランプ氏は大型減税の財源を大幅な関税引き上げで賄うとしているが、超党派の議員で構成される「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」の試算によれば、トランプの公約がすべて実施されるとすれば、2026年からの10年間で財政赤字は7.8兆ドル拡大。これに対し、関税引き上げによる税収増は2.7兆ドルに過ぎないという。米10年債利回りを、予想政策金利と、リスクに対する上乗せ金利であるタームプレミアムに分解すると、予想政策金利は将来のインフレリスクを織り込んで上昇している一方で、タームプレミアムも、財政赤字拡大への懸念から、既にじわり上昇しつつある。
つまり、足元の長期金利上昇は、インフレへの懸念と同時に、トランプ政策による財政赤字拡大を嫌気した「悪い金利上昇」とも言える。ひょっとすると、大統領選前後の金とビットコインの上昇は、将来のドルの信認低下を暗示しているのかもしれない。
<拡大する市場混乱のリスク>
FRBのパウエル議長は11月14日、ダラスでの講演で、「利下げを急ぐ必要はない」との考えを示した。10月の米CPIや生産者物価指数(PPI)が堅調な内容だったことを受け、拙速な利下げには慎重になりつつある様子がうかがえた。ただ、同講演の質疑応答でトランプ政権の政策による影響について問われると、パウエル議長は「行動する前に、政策変更が経済に及ぼす正味の影響を見極める時間はあると思う」と述べ、現段階で判断するのは時期尚早との見解を示した。
実際、上述したトランプ減税は、個人税制に関連する減税措置の多くが2025年末に失効するため、新たな税制は2026年の施行を目指してこれから詳細が詰められることになる。したがって、現段階で判断するのは時期尚早というのも理解できる。また、対中関税にせよ、その他の公約にせよ、トランプ氏お得意の「ディール」のための高めのボールを投げているだけかもしれず、今から過度に不安視する必要はないのかもしれない。
仮にビットコインの急騰が「悪い金利上昇」を示唆していたとしても、実際に米国債の格下げリスクがよほど高まらない限り、長期金利の上昇は当面ドル高につながりやすいだろう。特に、「トリプル・レッド」となった今、これまでのねじれ議会のように、2025年1月に再開する債務上限によって議会がまとまらず、政府閉鎖に追い込まれるなど、デフォルトリスクが高まるような可能性は低下したと言える。しかし、トリプル・レッドで政策が進めやすくなる分、むしろ放漫財政となりやすく、財政赤字が増加すれば、将来は悪い金利上昇のリスクが一段と大きくなるだろう。その他の移民の強制送還や関税の大幅引き上げなども、トランプ氏の意向が通りやすい環境であることから、足元はトランプ・ラリーで市場はポジティブに反応しているものの、先々の市場混乱のリスクはむしろ拡大しているのではないか。
なお、10月以降発表された米経済指標の強さを受け、日米実質金利差とドル円の相関性は新たな局面に入っているようだ。10月以降の相関性をベースに、足元の米長期金利の堅調さが年末まで続くと仮定して試算すると、ドル円は153ー154円付近で2024年末を迎える可能性が高まっている。
(編集 橋本浩)
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。
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