昭和100年記念式典 高市首相の式辞全文「70年前の昭和の日本には希望があった」

昭和改元100年の記念式典で式辞を述べる高市早苗首相=4月29日午後2時3分、東京・日本武道館(代表撮影)

高市早苗首相は29日、日本武道館(東京都千代田区)で開かれた政府主催の昭和100年記念式典に出席し、式辞を述べた。首相の式辞全文は次の通り。

本日、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、各界多数の方々のご参列を得て、昭和100年記念式典を挙行致しますことは、誠に喜びにたえません。

本日の式典に、ご協力を頂いた関係者の皆さま、ご参加を下さいました皆さまに、心よりお礼を申し上げます。

私は、日本と日本人の底力を信じてやみません。日本の誇るべき国柄を、未来を担う次の世代へとしっかりと引き継いでいく。私たちには、その大きな責任があります。今日この日を、昭和の時代を顧み、わが国の伝統や歴史の重みをかみしめながら、将来に思いを致す機会としたいと思います。

昭和は、戦争、終戦、復興、高度経済成長といった、未曽有の変革を経験した時代でした。

先の大戦の後、昭和天皇は、全国各地を巡幸され、戦没者・戦争犠牲者のご遺族をいたわり、戦後復興に勤しむ国民の皆さまを励まされました。

日本人は歯を食いしばって働きました。

「もはや戦後ではない」

1956年。先人たちは、終戦からわずか10年で、日本経済を再び立ち上がらせました。その後、果敢な挑戦により、わが国の経済規模は世界2位にまで駆け上がっていきます。

「霧は晴れ 国連の塔は 輝きて高くかかげし 日の丸の旗」

同じ年、日本は国連に加盟します。重光葵外務大臣は、ニューヨークで高らかに詠い上げています。国際社会への復帰は、日本の悲願でした。

その年、イタリア・コルティナで、スキーの猪谷千春選手が、冬季五輪で日本人初のメダルを獲得します。日本人がいない米国の大学に留学し、スキーと勉学の両立に励んだ上での快挙でした。日本中が歓喜に沸きました。

今日より明日はよくなる。70年前の昭和の日本には、「希望」が確かにありました。

令和の現在、日本と世界は大きな変化を迎えています。日本においては、静かな有事とも言うべき少子化・人口減少の進行、長期にわたるデフレから一転しての物価高、潜在成長率の低迷、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境。

そして、世界を見渡せば、国家間の競争が激化・複雑化・常態化し、私たちが慣れ親しんできた自由で開かれた安定的な国際秩序は大きく揺らぎ、政治・経済の不確実性が高まっています。

今こそ、激動の昭和を生き、先の大戦や幾多の災害を乗り越え、「希望」を紡ぎ出した先人たちに学び、私たちも果敢に挑戦していく必要があるのではないでしょうか。

全国各地で、昭和100年関連行事が実施されています。昭和の躍動や体験を発掘し、次世代に伝承していく取り組みや、昭和の挑戦を振り返り、未来を切り開いていくための企画展示などが展開されています。これらが、特に、若い世代の方々に先人たちの叡智(えいち)や努力を知り、これからの挑戦のきっかけとなることを願っています。

挑戦しない国に未来はありません。守るだけの政治に「希望」は生まれません。

本日の式典には、ボーイスカウトやガールスカウトで活動している青少年、世界青年の船や東南アジア青年の船に参加した青年など、次代を担う若者たちが参列しています。

今年初めて投票してくださった18歳の若者も、生まれたばかりの赤ちゃんも、その多くが、22世紀を迎えることができるでしょう。その時に、日本が安全で豊かであるように。「インド太平洋の輝く灯台」として、自由と民主主義の国として、世界から頼りにされる日本であるように。若者たちが、日本に生まれたことに誇りを感じ、「未来は明るい」と自信を持って言える。そうした国を創り上げていく。

「日本列島を、強く豊かに。」

日本に「希望」を生み出していくことを、改めてここに決意いたします。

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