津波を引き起こす米アラスカ州の地すべり、警鐘鳴らす研究者はなぜ地元から脅されたのか(ナショナル ジオグラフィック日本版)
氷河や永久凍土の融解に伴い、米国アラスカ州で地すべりが増えてきた。既成の枠にとらわれない地元出身の地質学者が、次に大きな崩壊が起きる場所を突きとめようと奮闘している。 特集ギャラリー:温暖化で増える地すべり その謎を解く ノルウェー、ニュージーランド、スイス、アイスランド、グリーンランド、ヒマラヤ山脈、そしてチリなど、氷河のあるほかの地域でも地すべりのリスクは高まっている。そんななか、世界に先駆けてこの現象が大規模に起きているアラスカは、貴重な研究の場だ。地質学者のブレットウッド・ヒグマン――誰もがヒグと呼ぶ――の研究によれば、津波を引き起こすアラスカ州の地すべりは、わずか10年で約10倍に増えた。 ヒグはアンカレジから車で2時間のグレイシャー・ビューでも数年にわたり活動してきた。その人口375人の小さなコミュニティーで彼は、ゆっくり動く地すべりを特定するだけでは住民を救えないという教訓を得た。住んでいる人々に、危機下にあるということを自覚してもらうことも大事なのだ。 2023年にヒグは、グレイシャー・ビューで航空写真撮影と地理空間データを専門とする企業にメールを送った。谷沿いの山々に地形の変化が見られることに気づき、町を見下ろす斜面に関する情報を共有したいと考えたからだ。 最悪の想定では、地すべりが唯一の幹線道路のほか、グレイシャー・ビューのインターネット回線や電線を破壊し、はるか下を流れるマタヌスカ川をせき止めて谷に洪水を引き起こす。さらに、そうしてできた天然のダムが決壊すれば、下流の地域にまで水が押し寄せることになる。 2023年半ば、ヒグはポスターとスライドを携えて地域住民の協議会での説明に臨んだ。ヒグは永久凍土の地すべりに関心をもつ欧州の地形学者を起用し、州の科学者や郡の職員、地元の住民を集めたワークショップを開催した。郡の緊急事態の責任者は、もし地すべりによって幹線道路が破壊されたら、支援なしに約90日間孤立する可能性があると住民に警告した。 あまりにも厳しい現実を急に突きつけられた形だ。一部の住民は、この研究が不動産の価値や保険の適用に与える影響を懸念し始めた。 2024年後半、協議会は匿名で提出された議案を審議した。とらえようによっては、地すべり災害について地域内で公に話し合うことを禁止する内容だった。進行中の研究が地域住民に悪い影響を及ぼした場合、訴えるという明らかな脅しも含んでいた。 ヒグはといえば、相変わらず最悪のシナリオを力説し続けている。最悪の事態が実際に起きるかはわからないが、その可能性を排除するために、もっとデータを集めることが重要だという主張ができるからだ。 グレイシャー・ビューにはまだ、ヒグと同じ考えをもつ人々がいる。その一人であるマイク・ドライスキは常にヒグの研究への支持を表明してきた。ヒグとドライスキにできるのは、何か異変が起きていないか、注意深く監視を続けることだけだ。ドライスキはある時点で語っている。 「もし地図上からこの場所が消し去られるような大災害が起きるとしても、私の力でそれを止めることはできません。でも、すべての人をここから避難させることなら、実現可能なのです」 ※ナショナル ジオグラフィック日本版6月号特集「温暖化で増える地すべり その謎を解く」より抜粋。
文=クリスチャン・エリオット