藤井聡太名人VS永瀬拓矢九段 第83期名人戦七番勝負展望

ライター: 玉響  更新: 2025年04月08日

 今年も桜咲く季節を迎え、名人戦が開幕する。2連覇中の藤井名人に挑むのは、名人戦初登場の永瀬九段だ。二人は研究仲間でもあり、手の内は知り尽くしている。両者による二日制タイトル戦は、3月に閉幕したALSOK杯第74期王将戦七番勝負以来、2回目となる。まだその熱が冷めやらぬうちに新年度を迎えたわけだが、今期の名人戦はどのようなシリーズになるだろうか。

【藤井VS永瀬 タイトル戦における成績表】

 二人によるタイトル戦は今回が5回目。公式戦全体の対戦成績は藤井22勝、永瀬8勝(2千日手)で、タイトル戦に限れば藤井の13勝3敗である。永瀬の目線に立ってみると、タイトル戦で先手番の勝利がまだないのは意外である。

【名人3連覇を目指す藤井名人】

 藤井のタイトル戦登場回数は、本シリーズでちょうど30回を数える。昨年、伊藤匠七段に叡王のタイトルを奪取されたものの、その後は順に棋聖、王位、王座、竜王、棋王、王将と立て続けに防衛を果たした。そのうち王座と王将は永瀬との番勝負だったが、前者は3連勝、後者は4勝1敗のスコアで退けている。相変わらずの安定感で、死角はまったく見当たらない。

 一方で、期待されていた八冠復帰への道のりは、今期叡王戦の本戦準決勝で糸谷哲郎八段に敗れたことで遠のいた。しかし、叡王戦五番勝負は名人戦と同時期に開幕する。2025年度は、スタートから名人戦のみに集中できると前向きに捉えたい。

 盤上においては、直近の対局(永瀬との第74期王将戦七番勝負第5局)で2手目△3四歩を採用したことが話題を呼んだ。それまで藤井は、対戦相手のあらゆる初手に対して必ず△8四歩と突いていたのだ。公式戦で後手番を持った局数は250を超えるが、ここにきて芸域を広げている。

 藤井は相手の得意形を避けることや、気分転換のために自身のスタイルを変えるタイプではない。とあるインタビューでは「2025年に向けて試したいことは?」と尋ねられた際、藤井は「自分のなかで面白いと思える形があれば、チャレンジすることも視野に入れたい」と答えていた。王将戦では雁木に組んでいたが、ほかに2手目△3四歩の立ち上がりで持ち玉を用意している可能性は十分に考えられる。  これからは藤井の「初手お茶」ではなく、2手目に注目したい。

写真:紋蛇

【初の名人位を目指す永瀬九段】

 永瀬は参加4期目のA級順位戦で6勝3敗の成績を挙げ、同星の佐藤天彦九段とのプレーオフを制して挑戦権を獲得。A級最終戦は自力ではなく、2敗の佐藤天九段が勝っていた場合はプレーオフに進めなかったが、運も味方につけた。永瀬は七番勝負に向けて「名人」は子どもの頃、最初に覚えるタイトル、と特別な思いがある旨を話していた。

 永瀬は前述の王将戦七番勝負第5局における藤井の2手目△3四歩について、終局後の質問で「開幕戦辺りは意識していたが、本局では抜けていた。準備不足だった」と答えていた。しかし、その話には続きがある。後日に行われた名人戦開幕前の主催紙のインタビューでは、実際に藤井と盤前で対峙したとき「2手目に△3四歩と突かれる予感がした」と明かしたのだ。もちろん、作戦的なことに関しては、直前に感づいたところで対策がなければ効果は薄い。しかし、中終盤でこのような第六感が働けば、藤井のミスを誘えるのでは、と期待を感じさせるものがあった。

 自身の課題としては、タイトル戦の経験値の差を挙げる。名人戦は王将戦と同じ二日制のタイトル戦だが、持ち時間は王将戦より1時間多い各9時間。そして対局2日目には夕休憩が設けられているなど、少なからず違いはある。盤上でペースを握り、残り時間の面でも優位に立つのが理想であることは言うまでもない。それを対藤井戦における「研究」と「第六感」でどこまで具現化できるか。  これは戦況を伝える側にとっても難易度が高くなりそうだが、大盤解説や棋譜、動画中継を通じて、AIが示す形勢判断だけでは知り得ない情報を、五感で楽しんでいただきたい。

写真:常盤秀樹

 第83期名人戦七番勝負は、4月9・10日(水・木)に東京都文京区「ホテル椿山荘東京」で開幕する。

ライター玉響

平成元年生まれ。2004年から2016年1月まで奨励会に在籍。同年5月からフリーライターとして活動開始。以来、日本将棋連盟のネット中継業務を担当している。ほかに将棋番組制作、将棋教室の仕事にも携わる。将棋漬けの日々を送っているが、実戦不足なのが悩み。

このライターの記事一覧

Twitterで受け取る
facebookで受け取る
RSSで受け取る

関連記事: