さようなら帝国劇場 堂本光一と行った地下の中華に、蕎麦屋、喫茶店…劇場だけではない、井上芳雄が語る思い出
建て替えのため2月末日をもって59年の歴史に幕を下ろす現在の帝国劇場。帝劇のミュージカルで2000年にデビューし、数々の作品に出演してきた井上芳雄が、劇場を歩きながら共演者を含むさまざまな思い出や、新しい帝劇への想いを語る。AERA 2025年3月3日号より。
【写真】2月末に幕を下ろす帝国劇場の会場を懐かしそうに見渡す井上芳雄さん
【前編はこちら】井上芳雄と歩く“最後の”帝国劇場「ダメ出しをされて籠もった場所は、忘れられない思い出のひとつ」
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井上芳雄が2000年のデビュー以来親しんできた帝国劇場内を歩きながら、自分の記念として写真を撮るとしたらどこかと問うと、「調光室」と返ってきた。舞台に照明を当てる部屋で、天井近くに位置する。
「お客様は見ない高い角度から、ちょっと覗き見するみたいな感じで。関係者というか、出演している自分たちだから見せてもらえるところだなと思います。先日も『レ・ミゼラブル』を一幕、調光室から見たので、頼んで写真を撮ってもらいました」
最初に入ったのは、初舞台のとき。「先輩が見られるよって教えてくれたんです。稽古ってけっこう、時間が空くんですよね。当時はみんなもっと見に来ていた気がしますが、いまは、僕と市村(正親)さんぐらいですね。来にくいんじゃないですか(笑)」
劇場街にも残る思い出
思い出として深く刻まれているのは、劇場だけではない。
「帝劇って地下1階2階にいろいろな飲食店があるんですが、僕たちも稽古の休憩中にキャスト何人かで行って食べたりすることがあるんです。いまはもうなくなっちゃいましたけど、地下のお蕎麦屋さんにみんなで行きましたね。ほかにも、市村さんがずっと行かれていた喫茶店があったり、楽屋口の前にあった洋食屋さんのお弁当を森光子さんがよく入れてくれたり、堂本光一くんと中華料理屋さんに行ったら店員さんが中国の方で全然注文取れなかったりね(笑)。
昼夜間は近くから店屋物を取って食べていることがほとんどで、浦井健治くんなんか夏は毎日同じサラダうどん(笑)。まあ僕もあんまり体調を変えたくないから、同じもの食べることは多いかな? 鴨南そばとかね。
そんなふうに、劇場自体もですけど、周辺の日比谷という街全体で、帝劇を見守ってくれていたところがあると思うので、思い出は本当に尽きません」
井上芳雄さんが帝国劇場を初めて訪れたのは1990年代。「大学受験を前に上京したとき、『レ・ミゼラブル』を見たのが最初じゃないかな」と懐かしそうに会場を見渡した(撮影:品田裕美)Page 2
それほど思い出深い現在の帝劇がなくなると聞いたとき、どう感じたのだろう。
「実を言うと、いまだに、あんまり実感が湧かないんですよね。光一くんともよく話すんですけど、思い出がありすぎるから、悲しいというか、寂しい気持ちになっちゃうので、最後まであんまり考えないようにしているところがあるのかなと思います」
30年の新帝劇完成までの5年間は、「ミュージカルっていうジャンルにとっても、僕たち俳優にとっても、損失」だと感じる。
「お客様にとっても同じかもしれませんが、やっぱり帝劇で見たい、やりたいという思いは強い。毎日通うわけじゃなくても、象徴としてのミュージカルの殿堂がなくなるというのは、ぽっかり穴が開くみたいになるだろうなと。気持ちのうえで、やっぱり大きな存在だなと思います。
でも、それは仕方がないこと。新しい帝劇を迎えるために必要な期間なので。逆にこの期間をいかにつないでいくかが、自分たちの役割なのかなと思います」
それぞれ思いをつなぎ
「儚いですよね……。基本的にね、劇場とか演劇っていうのは、なくなってしまうものなので。伝えていかないと残らないものがたくさんあると思うんです」
そう語る井上は、帝劇のよさは何より「あったかさ」だという。
「もちろん好きでやっている仕事なんですけど、緊張もするし、プレッシャーもかかる。うまくいくときもあれば、そうじゃないときもあるんですけど、そのすべてを、お客様も含め、見守ってくださるというかね。育ててくださった、みたいな、あったかいところが帝劇にはあります。
僕たち役者やスタッフには、もちろん立場ごとにいろいろな思いがありますけど、きっとお客様にも同じようにあると思うんです。一度でも来てくださった方は、あの作品見たなとか、あのときこうだったなとか。例えば、もういなくなってしまった家族と一緒に見に来た方もいらっしゃると思うし、もしかしたら、来たかったけど来られないままの方もいらっしゃるかもしれない。それぞれの思い出とともに、みんなで思い出しつつ、感謝しつつ、みたいな最後になればいいのかなと。同時に、いまの帝劇は、こんなにみんなに愛されてきた、ということもお伝えできればいいな、そして、新しい帝劇につないでいけたらいいな、と感じています」
(編集部・伏見美雪)
※AERA 2025年3月3日号より抜粋