伝統文化って…|広尾晃「野球のことを中心に、そのほかの話題も」
秋になると、大阪南部、泉州や南河内の町々で「だんじり」が行われる。食品流通業の広告宣伝を担当していたころ、だんじりの本場とされる岸和田のスーパーで、秋の大イベントの打ち合わせをしていた時に、ある店の大将が「その日程は岸和田だんじりの日と丸被りやないか!そんなんあかん!わしらはこの日のために、一年間商売してるねん」といって涙をこぼして抗議したのを覚えている。
死者が出た地車
岸和田のだんじり(地車)は、町々の若い衆が地車を引っ張って、猛スピードで街を走って回る勇壮な祭りだ。スピード落とさずにコーナーを回る「やり回し」は「地車の華」とされ、血沸き肉躍る見ものになっている。しかしそれだけに、けが人も多い。また、角にある建物に地車がぶつかって損壊することもたびたびあるが、それはその町に住む者には「名誉」なことであり、喜んで補修するのだという。岸和田港の交差点はやり回しの名所であり「カンカン場」と呼ばれる。その横にできた商業施設は「岸和田カンカン」と言う名前になった。私が打ち合わせをしたのは「岸和田カンカン」だった。岸和田ではないが、今年は出水佐野市と泉大津市のだんじり祭りで山車(ここでは「だし」とよぶ)が相次いで横転し、2人が死亡、計16人が重軽傷を負った。
毎年のように、こうした人身事故が起こっているが、町の人は「伝統文化やから仕方がない」と思っているようだ。
だんじりの過激化は昭和から
しかし「伝統文化」と言う言葉が、古くからこの地域で行われてきた儀式や祭礼のことをさすのだとすれば、岸和田など泉州地域の「だんじり」は、伝統文化ではない。確かにその原型となった「山車の巡行」のようなものは、神社の奉納行事としてずっと行われてきたが、昔は普通の速度で練り歩くものだった。今のように地車が高速でコーナーを回るようになったのは、昭和中期以降のことだ。メディアが「岸和田だんじり」を多く取り上げるようになって、祭りの関係者が「調子に乗って」だんじりを高速化させるようになったのだ。最近は、町の外からも引手の若者が集まるようになり、ヤンキーのような連中が乱暴に山車を走らせることも多くなったようだ。
祭と言うのは、神社に奉納するものだった。しかし今は、自分たちが楽しむものになってしまっている。
よさこい祭りの流行
この現象は全国各地で見られる。例えば高知の「よさこい祭り」、これは昭和も後期になって、徳島の阿波踊りに対抗する祭りを作ろうと、地元民が作ったものだ。1992年には「よさこい」の繁盛ぶりに目を付けた札幌市が「よさこいソーラン」を始めた。こういう形で「よさこい」が年々発展して夏の一大イベントになったが、いつのころからか参加者は「伝統文化に参加している」というようになった。
行政はこういう祭事は「文化振興」になるとして、予算をつけるようになったが、行政の側も「伝統文化に寄与」みたいな言い方をする。
女踊り阿波踊りの変貌
「よさこい」の「本家」ともいえる徳島の「阿波踊り」は、徳島県では阿波藩主蜂須賀の殿様が作ったということになっていて、400年の歴史があるとされる。もともとは全国にある「盆踊り」であって、それが大きな祭りになったのだろう。私の父は徳島出身で、大学時代は酔っぱらって阿波踊りに参加したと言っていたが、最近の阿波踊りは巨大な観光資源になっている。徳島市にある「阿波踊り会館」では、夏だけでなく年中阿波踊りの公演を見ることができる。阿波踊りには「男踊り」と「女踊り」がある。平蜘蛛のように平たくなって踊る男踊りと、ひじを常に肩より上に上げてひたすら縦に空気を切るように手足を動かす女踊りの対象の妙は見ものではある。しかし、最近はこの踊りに「ムーンウォーク」のような動きをつけるなど、新しいスタイルも目に付くようになった。また、徳島だけでなく、東京の世田谷など、全国で「阿波踊り」が行われるようになった。
男踊り本物の祭りが衰退していく
こういうイベントが全国で行われることは、悪いことではないが、これらはすべて「伝統文化風のイベント」であり「伝統文化」ではない。永六輔は、江戸時代やそれより以前から続いている神社の祭礼が、どんどんすたれている一方、同じ地区で新しい「祭り」「踊り」が生まれて盛んになることに懸念を示していた。昔の祭りについていた「伝統文化保存」の予算が削られ、この手の祭りに文化振興の名目で、予算が付けられることも多いようだ。しかし、江戸時代やそれ以前から細々と続いてきた祭りには、その地域の歴史、文化のよすがとなる極めて重要な「情報」「記憶」が含まれている。それは紙に書かれた記録とともに、将来に伝承すべきものだ。それらの「無形文化」が、ただただ騒がしいだけの「似非伝統文化」の前にかき消されるのは「文化消滅の危機」ではないかと思う。野球の応援団もそうだが、本当は自分たちが楽しみたいだけでやっているイベントを「文化」「伝統」みたいに言うのは、みっともないからやめた方がいい。「だんじり」や「よさこい」など、昭和以降になってできたものや、伝統のスタイルを大きく変化させたものは「伝統文化ではない」ことをはっきりと明示すべきだと思う。行政はそういうものに「伝統」「文化」の予算をつけるべきではないだろう。
着物を着ていようと、踊りを踊っていようと、先人の文化や土地の記憶を軽視し「自分たちが楽しければいい」というだけの「騒ぎ」は、そもそも「文化」ではない。