日産 GT-Rが2025年8月末で生産終了……改めて振り返るGT-Rの歴史
/ コラム
2007年10月のデビューから18年、以来ほぼ毎年のように進化を続けた日産 R35GT-Rが、いよいよ2025年8月末に生産を終了する。スカイラインのトップグレードから、独立した「スーパーカー」となった日産 GT-Rの歴史を振り返る。※本稿は2025年8月のものです文、予想CG:ベストカー編集部/写真:日産、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2025年9月10日号
【画像ギャラリー】ひとつの歴史が終わる……生産終了を迎える日産 GT-R!! そして新たな時代の「GT-R」は生まれるのか!?(24枚)2007年10月23日。正式発表の前夜、プレス向けに開催された事前説明会で初披露された日産 GT-R(R35)
日産 R35型GT-Rは、これまでの「スカイラインのトップモデル」としての立ち位置から脱却し、グローバルで存在感を示すスーパーカーとして開発された。
高い技術力をバックボーンとしながら、目標に向けた徹底した開発力で世界に類を見ない、独自の価値観を持ったスーパーハイパフォーマンスカーとして2007年10月にデビュー。
毎年のように進化、改良を繰り返しながら18年間という長い期間、世界のトップレベルで通用する高いパフォーマンスを見せつけているのは、その基本設計、開発コンセプトが卓越したものであったからに他ならない。
そんなR35GT-Rが2025年8月末を持って生産を終了する。改めてR35GT-Rの歴史を振り返ろう。
2007年10月24日、東京モーターショーでデビュー。480ps、60.0kgm。価格は777万円から
R35GT-Rのデビューは2007年10月24日、東京モーターショーのプレスデーの場だった。実はその前夜、プレス向けの事前説明会が都内で開催され、ベストカー編集部も参加した。あれから18年経つのか……。
R35GT-Rの登場はあらゆる面で衝撃的だった。
ベールを脱いだGT-Rのパフォーマンスが異次元なまでに高かったことはもちろんだが、開発を担当した水野和敏氏の徹底した開発コンセプトからプロモーションに至るまで、それまでの日本車の常識には当てはまらなかったからだ。
開発終盤では、秘匿はしながらもニュルブルクリンクを走る姿が公となり、徐々にその存在が現実となるとともに、ライバルを圧倒する高いパフォーマンスが見えてくる。
それだけに、正式発表の瞬間は、比喩ではなく、まさに「ベールを脱いだ」と誰もが実感したのだった。その衝撃は今も色褪せない。
JARIテストでは311.17km/hを記録。ゼロヨン加速では11秒台をマーク
そんなR35GT-Rだが、実際に登場するとやっぱり何もかもがそれまでの日本車の常識を覆す、実に異色の存在となった。
まずは販売店。日産車だから全国の日産ディーラーで買えるのかと思いきや、一部の「ハイパフォーマンスセンター」(NHPC)と名付けられた拠点でのみ取り扱われることとなった。
もちろんこれには深い意味があった。従来のクルマとは格段の性能差があり、ユーザーはサーキット走行なども行う前提。GT-Rのメカニズムを熟知し、正確にメインテナンスできる教育を受けたスタッフが不可欠だったためだ。
指定オイルの交換サイクルを厳密に管理したり、NHPC以外でタイヤ交換をした場合は保証対象外というのも異例だったが、これらもハイパフォーマンスを安全に担保するための方策だった。
実際GT-Rのパフォーマンスは強烈で、ゼロヨン加速では11秒台をマークし、JARIで実施した最高速テストでは実測311.17km/hを記録した。
ドライブした松田秀士氏は「メータ読み300km/hでバンクに安心して入って行ける。バンク内は抵抗で車速が落ちるが、ストレートでグイグイ加速する」と絶賛。そう、サーキットなどの定められた場所で速度リミッターをオフにできる機能もR35GT-Rが最初に装備したものだった。
GT-Rが日本車、いや世界のクルマに及ぼした影響は計り知れないのだ。