【コラム】トランプ関税が試す危機下のリーダーシップ-ムクンダ
トランプ米大統領による関税政策の発表、撤回、そして中国に対する追加措置は、世界の金融市場を激震させた。先行き不透明感は新型コロナ危機時に匹敵する水準に達し、債券市場にも影響が及んだ。その後、上乗せ関税の90日間の停止措置により、市場は短期的には落ち着きを取り戻したように見える。
しかし、この表面的な安定こそが、危機対応において最も危険な落とし穴にリーダーたちを誘い込む恐れがある。つまり、現実が変わったにもかかわらず、古い前提に基づいて意思決定を行ってしまうという落とし穴だ。
危機は多くの場合、それまで疑問視されていなかった前提が突然崩れることによって引き起こされる。2008年の世界金融危機では、米国の住宅価格が全国的に下落することはないという前提が突如崩れ、無関係に見えた資産が連鎖的に価値を失った。しかし本当の問題は最初のミスではない。その波及効果によって長年信じられてきた根本的な前提や信念までもが次々と揺らいでいくことだ。
金融危機ではリーマン・ブラザーズの破綻が安全とされていたマネー・マーケット・ファンドを動揺させ、金融機関の信用収縮を招いた。このように、危機下ではそれまでの因果関係が断ち切られ、従来は無関係と思われていた出来事の間に新たな連鎖が生み出される。2008年より前には、マネー・マーケット・ファンドと不動産価格に関係があるとは誰も考えていなかった。
多くの場合、危機に直面したリーダーは現実の変化に対し、自分の思考モデルを完全には適応させない。一部の前提が誤っていたことには気づいても、波及効果の方を見落としている。その結果、あたかも一つの条件だけが変わったかのように意思決定をしてしまう。しかし現実の危機では全てが変わっているのだ。
最近の金融市場の動きは、次に訪れる危機の姿を予感させる。90日間の停止措置発表により市場の混乱は一時的に沈静化したように見える。この一時的な安定により、多くの指導者は最初の前提が崩れたことによるダメージは収束したと誤認する可能性がある。最初の前提とは、トランプ氏がどう発言しようとも米国は最終的には自由貿易を維持するという思い込みだ。
しかし、そのような認識は、トランプ氏の「解放の日」発表がもたらした広範な影響を見落としている。具体的に言えば、より深刻な懸念を呼んでいる債券市場の混乱は、関税そのものが直接の原因ではなかったという点である。むしろ、自由市場はうまく機能するという前提が崩れたことに加えて、米政府は有能であるという第2の重要な前提が崩れたことによって引き起こされたのだ。このような大失態を犯した政権は、さらに大きな過ちを犯すだろう。
開かれた国際通信網や東アジアの安定、正確な天気予報まで、どれだけのグローバル・システムが米国に依存しているだろうか。われわれはすでに、本格的な金融市場危機の瀬戸際にいる。こうしたシステムの一つが崩壊すれば、われわれは転がり落ちてしまうだろう。しかもその崩壊は、後から振り返って初めて不可避だったと思えるような形で起こり、完全に安全だと考えられていた企業や組織さえも崩壊する恐れがある。
危機に対応するには、慎重さだけでは不十分だ。最も成功したリーダーたちは、混乱の中でも「学ぶ姿勢」を重視して舵を取る。彼らは常に自分自身の前提を問い直し、新たな情報が入れば即座に方向転換できる柔軟性を保っている。
これからの4年間で唯一確かなことは、不確実さが続くということだ。関税の影響はまだ始まったばかりであり、トランプ政権は今後も同じくらい、あるいはそれ以上に混乱をもたらす行動をとる可能性がある。危機において、成功と破滅を分けるのは「強さ」や「覚悟」ではない。 それは「学び」と「適応力」だ。今こそ、自らの前提を問い直すべきだ。 そうしなければ、すぐに手遅れになるだろう。
(著者のゴータム・ムクンダ氏はを企業経営とイノベーションなどを研究。イェール・スクール・オブ・マネジメントでリーダーシップ論で教える。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Tariffs Test This Crisis Leadership Skill: Gautam Mukunda(抜粋)