コラム:揺るがぬ「実需」主導の円安、投機筋の影響は軽微=佐々木融氏
[東京 9日] - 米国のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)に上場しているIMM通貨先物ポジションデータは、為替市場の短期的・投機的なポジションデータとして注目されている。ただし、実際はここを通じた短期的・投機的な為替取引は、全体と比べるとそれほど大きいとは言えない。いわゆる大手のマクロヘッジファンドの多くも、この市場を通じて取引はしていないと考えられる。従って、為替市場の先行きを見通す上でも、参考程度にみておくのが無難であり、先行指標としてはあまり有用ではない。
もっとも、状況を把握するための糸口と考えるならば一助となることは間違いないため、筆者もそうした位置付けで注目している。このIMM通貨先物の円の投機的ポジションデータは、昨年12月後半3週連続でポジションの傾きが1000億円前後に止まっている。つまり、市場参加者のセンチメントは、円高・円安のどちらに対しても明確な方向感が無かったと言える。ちなみに、円ショートポジションが大きく積み上がり注目された昨年7月には2.3兆円程度の円ショートポジションが積み上がっていた。
注目したいのは、この間にドル/円相場は153円台から157円台まで円安が進んだということである。12月後半は、タカ派的な利下げを行った連邦公開市場委員会(FOMC)、ハト派的な据え置きとなった日銀を受けた動きとなったわけだが、この間の主要通貨の強弱をみると、米ドルが最強通貨、円は下から2番目に弱い通貨となっている。投機的ポジションに大きな変化がないまま米ドル高・円安が進んだということは、何かしらの実需のフローがドル/円相場を押し上げたと考えられる。
具体的にどのような実需かは分からないが、例えば2024年のネット対外直接投資額は10月までの時点ですでに過去最高を記録した23年と同水準まで膨らんでいる。相変わらず活発な対米直接投資関連の払い込みが年末を前に行われたのかもしれない。また、筆者がフォローしている代表的な25本の外国株投信への資金流出入をみると、昨年末から今年初にかけて流入額が多くなっている様子が伺える。特に年初の流入額は昨年を大きく上回っている。日本からの外国証券投資のフローが円安に寄与した可能性がある。もちろん、貿易赤字関連の円売りかもしれないし、デジタル赤字関連の円売りが影響したのかもしれない。つまり、今の日本は実需の円売りには事欠かない状況となっているのだ。
IMM通貨先物ポジションデータは長期的な相場の動きに対する示唆も与えてくれる。このIMMを通じた投機的な円のポジションは傾きが無い状態となることが比較的珍しい。ポジションが円ロングにも円ショートにも1000億円以下程度にしか傾いていなかった時をさかのぼってみると、昨年12月の前は8月上旬、その前は21年3月上旬、その前は20年3月上旬となる。つまり、この時は短期的・投機的な取引をするプレーヤーによって需給に偏りがなかったことになるが、それぞれの時期のドル/円相場をみると、20年3月上旬は105円台、21年3月上旬は108円台、昨年8月上旬は144円台、そして12月は157円台だった。
つまり、過去5年弱の間に実需の円売りによってドル/円相場が50円も円安方向にシフトした可能性がある。
金利差が影響しているという指摘もあるかもしれない。確かに20年3月頃と現在の日米政策金利差は400ベーシスポイント(bp)程度今の方が大きい。ただ、例えば現在の日米政策金利差と同水準だった07年9月や05年12月のドル/円相場は115─117円と現状より40円程度円高水準だった。また、日米10年国債金利差が現状とほぼ同水準だった03年8月のドル/円相場は120円だった。
日本の問題はこれほどまで割安になった日本に実需のフローが戻ってこないということだ。貿易・サービス収支が赤字なのは日本だけではない。対外直接投資が大きい国も日本だけではない。対外証券投資が大きい国も日本だけではないだろう。ただ、これら大きく分けて3種類の実需のフローが全て自国通貨売り方向に大きく傾いていて、かつ実質金利が大幅マイナスとなっているのは日本だけだろう。こうした現状が変わらない限り、投機的な取引による上下動はあっても、時間の経過と共に円の水準が円安方向にシフトしていく可能性は高いと考えられる。
編集:宗えりか
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。
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