数学者が7年悩んだ難問、AIが「80分」で解く──取り組んできた本人が美しいと評価(Forbes JAPAN)
■誰も書こうと思わなかった証明 GPT-5.4の成果が注目に値するのは、その解法そのものでもある。 この分野の基礎を築いたエルデシュの1935年の原論文以来、原始集合の問題に取り組んだすべての数学者──リクトマンを含む──は、同じ概念的な「最初の一手」を用いてきた。整数の離散的な世界から実解析の連続的な世界へと問題を変換するというアプローチである。あまりにも自然な方法であったため、90年間にわたり目の前にあった「ある技術的な可能性を見えなくしていた」とリクトマンは述べている。 GPT-5.4は解析の世界へ飛び移るのではなく、算術の領域にとどまり、フォン・マンゴルト関数を用いた。これは古典的な数論の道具で、主に素数やリーマンゼータ関数との深い関係で知られている。AIはこの関数を予想外の形で使った。 GPT-5.4は解析の世界へ飛躍する代わりに、算術の領域にとどまり、フォン・マンゴルト関数(von Mangoldt function)──主に素数やリーマンゼータ関数との深い関連で知られる数論の古典的なツール──を意外な方法で用いた。この関数は基本的な恒等式を表現している。すなわち、任意の数nの約数にわたるフォン・マンゴルト関数の重みの総和はnの対数に等しいという性質であり、これは整数の素因数分解の一意性と等価な命題である。AIの証明が明らかにしたのは、この恒等式こそが、それ以前のあらゆるアプローチを阻んできた解析的困難を解消する鍵だったということだ。 「最も近いたとえを挙げるなら、チェスの主要な序盤戦法はよく研究されていたが、AIが人間の美意識や慣習によって見落とされていた新しい序盤の手順を発見した、ということだ」とリクトマンは述べた。 ■数学は変わりつつあるのか ここ数年、AIはますます抽象度の高い結果の証明に使われるようになっている。その流れは、数学界の主流にも見過ごされていない。2026年、ワシントンD.C.で開かれた主要な数学会議では、AIに仕事を奪われるのではないかという不安げな冗談が多く聞かれたという。ただし公式の場では、人々はAIは人間の数学者を支援する存在になると主張していた。 米国防高等研究計画局(DARPA)は、AIを使って数学上の発見を加速する取り組み「expMath(Exponentiating Mathematics)」を立ち上げた。このプログラムは、数学向けAIの最先端を押し広げることと、そうしたAIシステムの有効性を評価することの2つの領域で構成されている。また、Math Inc.というスタートアップは、証明の形式化で初期の成功を報告している。同社のAI「Gauss」(ガウス)は、フィールズ賞受賞者マリナ・ヴィアゾフスカによる、高次元の球充填に関する複雑な2つの証明を形式化したという。 一方、独立した研究コミュニティは、より高い水準の証拠を求めている。2026年2月、11人の著名な数学者が「First Proof」という取り組みを発表した。これは、彼ら自身の研究過程から自然に生じた10個の数学問題について、答えを暗号化して検証サイトにアップロードし、AIシステムに1週間の猶予を与えて挑戦させるものだ。対象となるのは、どの訓練データセットにも現れたことのない問題である。この取り組みは、AIの数学ベンチマークにつきまとうデータ汚染の問題を断ち切ることを目的としている。予備的な結果からは、現在一般に公開されているAIシステムは、まだその基準を自律的かつ安定して突破できないことが示唆されている。ただし、その基準線は急速に上がる可能性がある。 ■First Proof エルデシュ問題1196の証明については、定理証明支援系Leanによる形式検証が進められている。これが成功すれば、この成果は、数学者が人間の証明にも求める厳密さに引けを取らない水準で認証された、AI生成数学のリストに加わることになる。そうした認定を経ることで、「一見すごそうに見えるAIの出力」が、誰にも覆せない確定した数学的成果へと変わるのだ。 同時に、慎重になるべき正当な理由もある。AIシステムは現在、競技数学の問題では高い成績を示す一方、自由度の高い研究レベルの数学では著しく低い成績にとどまっている。「First Proof」チャレンジも、真の意味で一貫した研究レベルの自律性は、現時点ではまだかなり遠いことを示唆している。「人間が考えもしなかったアイデアを発見した」のか、それとも「トレーニングデータのパターンを新しい形で再構成しただけ」なのか──この区別は、哲学者と数学者が何年でも議論し続けられるテーマかもしれない。 しかし、ジャレッド・リクトマンが数年を費やした1つの問題に、AIは80分を費やして、彼が「神の書物の証明」と呼ぶものを生み出した。哲学的な但し書きや合意形成がどうあれ、この事実は20カ月前なら空想科学小説のように聞こえたであろう。今日では、それはただの金曜日の出来事にすぎない。
Anisha Sircar