習近平がいつも偉そうな理由がわかった…「対等に並ぶ日本」に激怒する中国人の"独特な言い分"(プレジデントオンライン)
日本と中国は1972年に国交正常化したものの、いまだに政治的な緊張関係が続いている。なぜ海を挟んだ隣国なのに理解が深まらないのか。著作家・宇山卓栄さんの書籍『「地理で考える」は武器になる』(秀和システム新社)より、一部を紹介する――。 【図表をみる】中国は巨大な「鳥かご」の中にある ■自らを「世界の真ん中」と名乗る国 「中国」という国名。 英語では「China」フランス語では「Chine」ですが、彼ら自身は「中国(Zhongguó)」と呼びます。 「中国」という国名は「中華人民共和国」の略ですが、言外には、その中華思想とともに「世界の中心にある国」という意味を含みます。 これは非常に奇妙な考え方です。 地球は球体なので、表層上での中心など存在しません。日本もアメリカもイギリスも、ある意味では世界の中心であり、ある意味では極東や極西の辺境です。 しかし、中国人は数千年にわたり、本気で「自分たちこそが文明の中心であり、世界のへそである」と信じてきました。 これを「中華思想」と呼びます。 ■人間が住める唯一の世界だった 周辺国(日本や韓国、ベトナム)からすれば、これはエゴイズムに見えます。 「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」 「世界の秩序は、中国に従うか、従わないかで決まる」 現代の国際法や国連憲章(主権平等)とは真っ向から対立するこの世界観は、なぜ生まれたのでしょうか。 彼らの性格が尊大だから? いいえ違います。地図を見てください。 古代の中国人にとって「自分たちの住む場所だけが、人間が住める唯一の世界だったから」です。 彼らの視界に入っていた地理的条件が、彼らに「ここが中心だ」と確信させざるを得ない構造になっていたのです。
■雪山、砂漠、密林、海がつくる「鳥かご」 中国大陸(特に漢民族の居住エリア)は、地政学的に見ると、驚くほど「閉鎖された空間」です。 まず、西を見てみましょう。 そこには、世界の屋根と呼ばれる「ヒマラヤ山脈」と、広大なチベット高原がそびえ立っています。さらに北西には、一度入れば生きて出られないと言われる「タクラマカン砂漠」と、ゴビ砂漠が広がっています。 南は熱帯のジャングルに覆われ、東は果てしない「太平洋」です。 つまり、中国文明の発祥地は、雪山、砂漠、密林、海という、人間を拒絶する「天然の壁」によって四方を完全に塞がれた、巨大な「鳥かご(盆地状の閉鎖空間)」の中にあったのです。 ■広大で肥沃な土地が巨大都市をつくった この「鳥かご」の外側には、同レベルの文明が存在しませんでした。 インド文明とはヒマラヤで、メソポタミアやエジプト、ギリシャとは砂漠で隔絶されていました。シルクロードを通じて西域とは細々と交流はありましたが、基本的には、中国人は「自分たち以外の高度な文明」を知らずに育ちました。彼らにとっての世界地図は、 「壁の内側(自分たちの世界)」と、 「壁の外側(人の住めない不毛の地)」 の二つしかありませんでした。 比較対象がいなければ、自分が一番だと思うのは当然です。この地理的な孤立こそが、中華思想の温床となったのです。 そして、この閉鎖空間のど真ん中に、奇跡のような場所が存在しました。 黄河の中流域から下流域にかけて広がる、広大な平原。これを「中原(ちゅうげん)」と呼びます。 中原は、ただ広いだけではありません。圧倒的に肥沃でした。 黄河が運んでくる黄土(栄養分を含んだ土)のおかげで、肥料がなくても作物が育ちました。古代世界において、この中原の農業生産力は、周辺地域と比較して文字通り「桁違い」でした。