【順天堂大ほか】合併症のないB型大動脈解離の長期予後、データサイエンスが主導し初めて解明|薬事日報ウェブサイト

2025年08月20日 (水)

 順天堂大学健康データサイエンス学部の大津洋准教授を中心とする生物統計家・データサイエンティストの研究グルーは、血管外科医、循環器内科医らと連携し、下行大動脈から下の血管の壁が解離する「B型大動脈解離」患者に対して、胸部大動脈ステントグラフト内挿術(TEVAR)と、従来からの薬のみによる治療法の長期予後を、大規模な保険請求データベースを用いて解明した。合併症のないB型大動脈解離患者約5000人の60カ月追跡により、従来治療での大動脈関連イベントの持続的蓄積(19.9%)と新治療TEVARの長期安全性を実証した。この研究は、従来の医師主導のものとは異なり、生物統計学を基盤としたデータサイエンスの手法を用いて大規模医療データを解析することで実現した画期的な成果。この論文は4日付の、BMJ Surgery,Interventions & Health Technologies誌のオンライン版に掲載された。

 B型大動脈解離は二つの型があり、臓器の血流が止まるなどの合併症がある「comolicated型」ではTEVARの治療が勧められ、合併症のない「uncomplicated型」では従来の薬で血圧を下げる治療が標準とされてきた。しかし近年、uncomplicated型でも診断から15~90日(亜急性期)にTEVARを実施することで将来のリスクが減る可能性があるとされ注目されている。ただ、その長期的な安全性については、まだはっきりしていない。

 今回の検討では、生物統計学・データサイエンスの専門家が研究を主導し、血管外科医・循環器内科医らが臨床的観点から協力する学際的研究体制を構築し、全国規模での包括的な評価を行った。

 同研究グループは、JMDC社が提供する保険請求データベースを用い、2015年1月から23年12月までの9年間にわたる、合併症を有さないuncomplicated型B型大動脈解離患者4995例の長期予後を詳細に解明した。対象患者のうち、96例が亜急性期にTEVARが実施され、4899例が薬物療法が実施された。生物統計学の手法である傾向スコアマッチングにより、TEVAR群96例と薬物療法群480例の背景が似通った患者同士を比較するグループを構築し、最長60カ月の長期追跡を行った。

 その結果、従来の薬物療法を受けた患者群では、大動脈関連イベントが時間に依存せず一定の割合で持続的に蓄積することが初めて定量的に示された。60カ月累積発生率は19.9%に達し、この疾患が持続的な医療管理を必要とする慢性疾患としての側面を持つことが明らかとなった。

 また、TEVAR群では、60カ月の長期追跡で脳血管疾患、対麻痺、腎機能障害などの重篤な合併症の増加は認められず、この比較的新しい医療技術の実臨床における長期安全性が確認された。大動脈関連イベントの発生率は21.9%、全死因死亡率は4.4%だった。

 両治療法の長期成績を比較した結果、大動脈関連イベントの発生パターンや死亡率に関する詳細な情報が得られ、患者・医療者双方にとって治療選択の重要な科学的根拠が提示された。このことは、現在進行中の国際的な大規模ランダム化比較試験(IMPROVE-AD、SUNDAY、EARNEST研究)の実施根拠を強く支持するものとなった。

 確立された研究手法は、心血管領域以外にも他疾患や治療法の評価にも広く応用可能で、実臨床ビッグデータを活用した医療技術の長期安全性モニタリングシステム構築につながる。特に、従来の臨床試験では評価が困難である稀な長期合併症や、多様な患者背景における治療効果の評価において、このデータサイエンス主導の研究モデルは、国際的な医療技術の新標準となることが期待される。

関連記事: