習近平が「日本に行くな」と煽った悲惨な結末…「8万円の激安ツアー」でロシアに向かった中国人観光客の誤算

台湾有事をめぐる高市首相の答弁に反発した習近平政権は、地震や犯罪を理由に日本への渡航自粛を呼びかけた。代わりの旅行先として人気を集めたのが、ビザが免除されるロシアだ。1週間8万円台のツアーが登場したが、海外メディアはその激安ツアーのカラクリを報じている。「危険な日本」を避けた中国人観光客を待っていた皮肉な現実とは――。
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東京や大阪を賑わせていた中国人観光客が、大幅に減少しつつある。代わりに向かい始めた先の一つが、ロシアだ。

きっかけは政治的な対立だった。2025年11月、高市早苗首相は「台湾有事は存立危機事態になり得る」と国会で答弁した。中国政府は14日、日本の治安が悪化し中国人を狙った犯罪が多発しているとしたほか、首相の台湾発言を契機として、国民に渡航自粛を呼びかけた。

その後も、12月の青森県沖の地震や年末の新宿での事故を挙げ、改めて渡航自粛を呼びかけている。今年の旧正月前の声明でも、中国人が日本で深刻な安全上のリスクにさらされていると主張している。

一方、米ニューヨーク・タイムズは今年2月、こうした一連の警告が、「誇張と偽情報によるキャンペーン」にあたると指摘している。

記事は、日本は緊急地震速報と建物の厳格な耐震基準を備えており、「地震対策の世界的リーダー」であると言及。犯罪率も世界最低水準にあり、公式統計によれば中国人が被害者となる凶悪犯罪は近年むしろ減少していると述べる。

それでも中国人観光客の減少は止まらない。代わりの渡航先として韓国などと並び、浮上したのがロシアだ。

■8万円「格安ロシアツアー」の正体

中国の旅行代理店は、ロシアを「格安のヨーロッパ」として積極的に売り込んでいる。

ロシア語ニュースサイト「メデューザ」が掲載したフォーブス・ロシアの情報によると、ある広告には、航空券・食事・観光込みの1週間で3500元(約8万3800円。7月16日現在のレート、1元23.95円で換算、以下同)という驚くほど低い価格が記載されている。

中国人のロシア旅行が急増した背景には、昨年12月1日にプーチン大統領が最大30日間のビザ免除の大統領令に署名し、即日実施したことが挙げられる。日本行きを控えていた旅行客が、ビザ免除を機にロシアへ流れた。

デジタルマーケティング企業チャイナ・トレーディング・デスクのスブラマニア・バットCEOはロシア独立系英字紙のモスクワ・タイムズに対し、発表から48時間で早くも、中国のプラットフォーム上ではロシア関連の検索・閲覧数が前週比3~5倍に跳ね上がったと明かした。12月の中国人によるロシアのホテル予約件数も前年同月比で約50%増えたという。

だが、「危険な」日本を避けてロシアへ向かった中国の観光客たちは、かえって数々のトラブルに見舞われている。

■ロシアに降り立った中国人女性の戸惑い

初めてのロシア旅行は、入国審査の長い列から始まった。

中国文化専門英字誌のワールド・オブ・チャイニーズは、中国人女性チャン・ユートンさんの体験談を伝えている。

チャンさんが空港に降り立つと、行列はいっこうに進まない。見回せば、案内表示はすべてロシア語のキリル文字。手にしたSIMカードが現地で使えるのかもわからず、事前に手配したはずの運転手と連絡が取れる保証もなく心細い思いをしたという。ロシアではウクライナのドローン攻撃対策として、外国の通信事業者のSIMカードを対象に、データ通信とSMSをロシアの通信網に接続してから24時間無効化している。

支払いでも洗礼を受けた。国際制裁の影響でクレジットカードはVisaもMastercardも使えず、旅行者は何を買うにも現金に頼るほかない。チャンさんは出発前、北京で両替を済ませていた。ところが渡されたのは、最高額面の5000ルーブル(約1万500円。7月16日現在のレート、1ルーブル2.09円で換算、以下同)札ばかり。到着後、運転手が選んだ路上のレストランで5000ルーブル札を差し出すと、高額紙幣の受け取りを断られた。

観光地のバイカル湖畔では、旧ソ連時代に設計され、観光用に改造された「ブハンカ」と呼ばれるバンに乗り込んだ。パンの塊を思わせる無骨な外見が名前の由来だ。頑丈さが売りの車両だったが、彼女の席のシートベルトは壊れていた。彼女は危険な状態で悪路を「一日中揺さぶられ続けた」と振り返る。

■安く旅行できるのは「密輸」のおかげ

航空券込みで8万円台という異様に安いツアーには、当然からくりがある。メデューザは、ロシアの旅行会社経営者がフォーブス・ロシアに語った、中国系業者の手口を伝えている。

「旅行者を物流チェーンとして使っているんです」と、この経営者は言う。

観光客にタブレットやスマートフォンなどの電子機器を持ち込ませ、ロシア国内で転売する。その利益でツアーの収益を補う仕組みだ。正規の通関を経ずに持ち込む以上、れっきとした密輸にあたる。観光客は知らぬ間に運び屋として、犯罪の片棒を担がされている。

写真=iStock.com/Roman Arbuzov
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からくりはもうひとつある。格安ツアーには「オプショナルツアー」の名目で土産物店巡りが組み込まれ、1人あたり平均2000ドル(約32万4000円。7月16日現在のレート、1ドル162.09円で換算)もの追加費用が発生する。8万円台だったはずの旅費は、最終的にその数倍に膨らむ。

こうした手口が使われているのは、中国の旅行者の間に「ツアーは安いもの」という根強い先入観があるためだ。

ロシアでの旅行の実費は1週間で約3万元(約71万8000円)だが、ロシアの旅行会社がこの適正価格を提示しても、中国人旅行者に「高すぎる」と断られる。

正規の値段ではツアーが成り立たない。そこで、表向きの代金を極端に抑え、不足分は密輸と土産物店への誘導で穴埋めする。そうした不正が横行するようになった。

■ロシアを潤さない中国人観光客

中国からの訪問者のコスト感覚は、ロシア側と隔たりがあるようだ。

メデューザによると、フォーブス・ロシアの取材に応じたある女性は、中国からの公式代表団を受け入れた際でさえ、モスクワのレストランのコースランチ2500ルーブル(約5200円)を「妥当だと納得させるのに苦労した」と語っている。

低い予算感覚に合わせるべく、コストを徹底して切り詰めようと、対策はツアー実施のはるか前から始まる。中国のツアー会社は、シーズン前にロシアのホテルの客室をまとめて押さえる。

データは相応に古いが、米国際問題シンクタンクのカーネギー国際平和財団が2018年に公開した記事によると、ウラジオストクの3つ星ホテルで1人あたりわずか1000ルーブル(当時のレートで約1900円)。通常料金の5分の1から6分の1に買い叩かれている。

こうして、ぎりぎりまでツアー代金を切り下げて集客。ツアー客たちは代わりに、中国人添乗員に連れられて向かう先の中国系の土産物店で、高額の商品を買わされる寸法だ。

現地で落としたカネはロシアの事業者にほとんど渡らず、大部分が中国側の業者に吸い上げられていく。中国人観光客がいくら増えても、地元に還元されるカネはごくわずかだ。

■通行許可前の氷上道路で起きた惨事

ロシアでは金銭トラブルに加え、中国人観光客の死亡事故も起きている。

冬のバイカル湖は、青みを帯びた透明な氷に閉ざされる。前述のチャンさんも向かった地だ。世界最深の湖を覆うこの氷はシベリア観光の見どころだが、危険も潜んでいる。

冬のバイカル湖(写真=Japicoa/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons)

今年1月28日、オリホン島周辺で中国人観光客を乗せたオフロード車両が氷上で横転した。中国共産党機関紙『環球時報』英字版のグローバル・タイムズが在イルクーツク中国総領事館の話として伝えたところでは、江蘇省からツアーに参加していた75歳の女性が死亡し、4人が軽傷を負った。

中国国営英字新聞のチャイナ・デイリーによれば、車両は正式にはまだ通行が許可されていない氷上道路を走っていたという。

同総領事館は渡航者に対し、凍結した湖上では重量がある車両の走行を避け、代わりにホバークラフトを利用するよう呼びかけた。運転手は後日、氷上走行の安全規則に違反し死亡事故を起こした疑いで逮捕されたと、モスクワ・タイムズが報じている。

■バイカル湖で相次ぐ観光客の死

1月の事故に続き、2月にもバイカル湖で死亡事故が起きた。

2月20日、中国人観光客8人を乗せたツアー車両が氷を突き破り、湖に転落した。車両はそのまま水深約18メートルの湖底に沈んだ。欧州ニュース専門局のユーロニュースによれば、車両は公認の横断ルートを外れ、亀裂の入った薄氷の区域へ進入していた。

生還できたのは、わずか1人だった。運転手と観光客7人は氷の下に閉じ込められ、命を落とした。犠牲者のなかには、14歳の子どもとその両親も含まれていた。遺体は、駆けつけた潜水士の手で引き揚げられた。

AP通信は、ツアーを運営していたのは無登録の事業者だったと報じている。ユーロニュースによれば、安全基準を満たさないままツアーを催行し、参加者を死亡させた容疑で刑事立件されている。

モスクワ・タイムズが2月にロシアメディアの報道として伝えたところでは、今年に入ってからバイカル湖で死亡した旅行者は少なくとも11人に上る。その後5月にもホバークラフトの転覆事故でロシア人観光客5人が死亡しており、犠牲者はさらに増えている。

バイカル湖に限らず、ロシア各地で事故は相次いでいる。チャイナ・デイリーによれば、氷上の車両事故やスキー中の遭難が続いたことを受け、在ロシア中国大使館が2月5日に注意喚起を行っていた。

北極圏のムルマンスクでは、猛吹雪のなか約50人の中国人観光客が僻地で立ち往生し、在サンクトペテルブルク中国総領事館とロシア当局が連携して救助にあたった。

晴れ間がのぞく、わずかに曇った空の下にあるムルマンスクの写真。手前の草原の奥には、ソ連時代の都市計画に典型的な灰色の建物群が並んでいる(写真=Вячеслав Лобанов/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

■戦時下の国を旅するということ

最後に、忘れてはならないのが戦争の影響だ。ウクライナ戦争に起因する燃料危機も、中国人観光客の不安材料となっている。

米政府系国際放送局のラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティは今年6月、ウクライナのドローン攻撃で製油所や石油ターミナルが繰り返し破壊された結果、ロシアはここ数年で最も深刻な全国規模の燃料不足に陥っていると指摘している。

6月24日時点で、ロシアの行政区画である連邦構成主体83のうち55以上で、何らかの給油制限が報告されている。少なくとも17の地域ではガソリンと軽油の販売制限が課された。精製能力は20%超低下し、国際エネルギー機関(IEA)は、「ロシア・ウクライナ紛争の歴史において前例のない規模の混乱」と評した。

連邦構成主体の3分の2近くで燃料の供給が制限される中、観光客が移動や暖房に必要な燃料を確保できる保証はどこにもない。

ワールド・オブ・チャイニーズによれば、とりわけリスクが高いのが、オーロラを求めてムルマンスクやテリベルカを目指す冬の旅だ。極北の道路は吹雪で封鎖されやすく、再開の見通しも立ちにくい。

ワールド・オブ・チャイニーズによると、SNSの小紅書(RED)にはこうした嘆きが並ぶ。ある旅行者は、道路が封鎖されると何日も開かないと書き込んだ。5日間立ち往生したうえ、ようやく開通した道もわずか1日で再び閉ざされたという。

習近平政権の渡航自粛要請を受け、中国国民は「危険」と名指しされた日本を避け、ロシアへ向かっている。一方で、渡航先のロシアはドローン攻撃にさらされ、全国的な燃料不足にも見舞われている状態だ。

----------青葉 やまと(あおば・やまと)フリーライター・翻訳者1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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