「別に日本のお笑いしんどくないよ?」「やっぱり松本人志は面白い」と賛否両論…好スタートの『DOWNTOWN+』拭い切れない《3つの懸念》(東洋経済オンライン)
月額1100円という料金設定に対しても、他の配信サービスとの比較から「苦戦するのではないか」という予想が目立っていた。 ■始動した「DOWNTOWN+」の中身 ところが、配信開始後に論調は変わっていった。 「日本の笑いがしんどいと聞きまして、復活することとなりました」と生配信に登場した松本さんの話によると、すでに数十万人がサービスに会員登録しているとのことで、「資金は潤沢」と連呼していた。 配信直後にはXで「#ダウンタウンプラス」がトレンド入りし、投稿内容は「別に日本のお笑いはしんどくない」「お金払ってまで見たくない」といった否定的なものもあったが、実際に視聴した人からは「やっぱり松ちゃんは面白い」「これで月額1100円は十分安い」といったポジティブな声が多く上がっていた。
幸先のよいスタートが切れたと言えるが、番組を視聴してみて、今後の「DOWNTOWN+」の可能性に加えて、懸念点も見えてきたように思う。 初回番組を視聴して、「DOWNTOWN+」には主に以下の3つの可能性があるように感じられた。 1. 吉本興業独自の配信プラットフォームの構築 2. 芸人へ活動の場の提供 3. 新たな「笑い」の実験 同チャンネルでは生配信のコンテンツ以外に、ダウンタウンの過去コンテンツや多くの芸人が登場する企画が配信されている。オリジナル番組のクオリティは地上波放送のレベルで、かなり気合いが入っているように見えた。
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吉本興業側としては、松本人志さんの復帰の場を用意するということ以上に、自社で独自の配信プラットフォームを作り、ビジネスとして回していこうという算段があるに違いない。 吉本興業の強みとして、劇場を保有しており、所属芸人に活動の場が与えられる点が多いと言われている。リアルな劇場に加えて、ヴァーチャルな活動の場を作るメリットは大きい。 コンテンツ配信サービスに限らず、顧客に商品やサービスを直接届けるチャネル(経路)を企業が保有しておくことは、取引先との交渉条件を優位にするというメリットがある。独自の活動の場があれば、取引先に頭を下げてお願いする必要もないし、価格交渉にも強気で臨むことができる。
■可能性は無限大(? )の独自プラットフォーム 2点目だが、松本さん自身が番組内で「たくさんの芸人仲間とか、後輩を巻き込んだりとかしました。テレビスタッフにもすごく迷惑をかけたと思うし、これ以上迷惑をかけられない。だからこそ、この場を作った。そんな人もいっぱい出られるようなプラットフォームができたと思っている」と語っている。 コンプライアンスが厳しくなった今、特に地上波放送はちょっとした不祥事で干されてしまう状況になっている。本サービスは、松本さん自身のみならず、干された芸能人の活動の場としての役割が期待できる。
さらに、「DOWNTOWN+」にはファン参加型の企画も多数用意されているが、ファンとの交流以外に、一般の人の新たな才能を発掘するという意図もあるのではないだろうか。いずれ、本サービスからデビューする芸人も出てくるかもしれない。 最後に、オリジナルコンテンツは実験的なものが目立ったが、松本さん、さらには吉本興業がこのプラットフォームを「笑いの実験場」にしようという目論見があるようにうかがえた。 地上波放送は制約が多いし、挑戦的なことをやって失敗することのリスクも高い。見たい人がお金を払って視聴しているサービスで、しかも独自のプラットフォームということであれば、さまざまなチャレンジが可能だ。
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既存のメディアではできなかった新たなコンテンツが生み出せればすばらしいと思う。 ただし、その裏表としての懸念点もいくつかあるように感じた。 ■それでも安泰とは言えない「DOWNTOWN+」 可能性の大きさと裏腹に、「DOWNTOWN+」は大きなリスクもはらんでいる。 1. 長期的な会員と収益の確保 2. 芸人の不祥事のリスク 3. 松本人志さんに依存するリスク もっとも大きいのが1である。先述の3つの可能性を実現するためには、十分な会員数が確保でき、長期的に利益を上げ続けることが大前提だ。
吉本興業は、24年12月にコンテンツ制作の資金を集めることを目的としたファンドを設立、国内外の企業から数十億円の出資を受けたという。 このうちのいくらが「DOWNTOWN+」の立ち上げと運営に使われたのかは不明だが、現状数十万人の契約者がいたとしても、投資資金を回収するのにはしばらく時間がかかるだろう。 実は、筆者はダウンタウンのファンではない。それでいて「DOWNTOWN+」に契約したのは、松本さんの復帰の瞬間を見たいということと、どのようなコンテンツが配信されるか興味があったからという2点からだ。今後、見るべきコンテンツがなければ、解約しようと考えている。同様の考えを持っている加入者も多いのではないだろうか?
現在は「特需」の状態にあると言えるかもしれない。もちろん、充実したコンテンツが配信され続け、ファンが増えていけば、契約者も定着するだろうし、さらなる会員数の増加も期待できる。ただ、それを実現するには、さらなる投資が必要になってくる。 ■不祥事を起こした芸人の受け皿になる? 2点目の芸人のリスクだが、松本さんのリスクは意外に高くないと筆者は見ている。『週刊文春』に対して提起した訴訟は、松本さん側から取り下げたが、それ以降、文春に限らず、松本さんの不祥事に対する新たな報道はされていない。
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松本さんが主張するように、性加害が「事実無根」とまでは言えないかもしれないが、文春の報道がすべて正しかったとも言いがたい。訴訟の取り下げにあたり、松本さん側は「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました」と表明している。 持って回った言い方だが、「文春の報道が正しかった」とする決定的な証拠は欠けているのではないだろうか。 一方で、被害を訴えている女性の1人は、朝日新聞の取材で(週刊文春の報道について)「記事の内容は間違っておらず、事実だ」と主張している。
この件は不明確なままとなっており、メディアはこれ以上突っ込んだ報道ができないのではないかと思われる。 とはいえ、吉本興業は非上場企業ながらも、多くの企業と取引している社会的な存在である。企業がコンプライアンスを遵守することはもちろん、問題を起こした所属芸人に対する処遇も厳しく問われることになる。 いくら自社のプラットフォームだからといって、何をしても、何を言ってもいいわけではないし、不祥事を起こした芸人を起用することにも限度がある。
宝塚歌劇団の劇団員の自殺問題で、宙組の公演が8カ月半休止になった事例もある。 ■「DOWNTOWN+」の本当の意義 最後の懸念点は、現状の「DOWNTOWN+」は松本人志さんに依存するところが大きいが、これが今後リスクとなる可能性は高いという点だ。 今後、松本さんに別の不祥事が起きないとも限らないし、健康上の問題が起きないという保証もない。 初回放送を見る限り、松本さんの勢いはまったく衰えていないように見えたが、過去に何度か松本さんは引退をほのめかしている。
大がかりな配信プラットフォームを構築しただけに、松本人志さん、あるいはダウンタウンに依存し続けることは今後リスクとなるだろう。 あらためて振り返ってみると、松本さんは不祥事がなければ、継続的に現役で活動しており、どこかのタイミングで引退することになっていただろう。その場合も、日本のエンタメ業界に残した功績は多大であったとは思う。 ただ、1年10カ月の不本意なブランクが、新たなチャレンジのきっかけを生んだのは確かだろう。現時点では、まだ「ピンチをチャンスに変えた」とまでは言えないだろうが、「エンタメ業界の壮大な実験を行っている」ということは言えるように思う。
日本のエンタメ業界が、外部のグローバルプラットフォーム(しかもその多くは外国資本)に依存することなく、独自のプラットフォームを構築して、自前でビジネスを行うことができれば、日本のエンタメ業界も大きく変わるのではないだろうか? 現在は松本人志さんの動向に注目が集まっているが、本当に注目すべきなのは、「DOWNTOWN+」が日本のエンタメ業界の新たな地平を切り拓くことができるのかどうかだ。
西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授