大谷翔平選手がすごいのはわかるが…テレビもネットも「大谷、大谷、ドジャース、大谷」に感じるモヤモヤの正体 どこか言論封殺のような空気が漂う

今年も大谷翔平フィーバーがとまらない。日本での開幕戦を前に、テレビ局は朝から晩まで彼の特集を放送している。コラムニストの木村隆志さんは「これほどまで全世代から愛される選手はいなかっただろう。それゆえファン、メディアを含めさまざまな思惑が交錯している」という――。

写真提供=共同通信社

2024年3月15日、大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希が所属するロサンゼルス・ドジャースは、プレシーズンゲームで読売ジャイアンツと対戦

『MLB東京シリーズ シカゴ・カブス VS ロサンゼルス・ドジャース』が行われる18日・19日を前に過去を上回るレベルの大谷翔平フィーバーが起きている。

読売ジャイアンツ、阪神タイガースとのプレシーズンゲームが盛り上がっただけでなく、朝から夜まで情報番組は大谷特集が目白押し。本番前夜の17日にはゴールデンタイムの2時間特番『あす開幕!大谷翔平 二刀流復活イヤー徹底解剖SP』(日本テレビ系)が放送される。

また、14日放送の『ミヤネ屋』(読売テレビ・日本テレビ系)では「大谷翔平 止まらない“広告起用”」という特集を組んで、長嶋茂雄を継ぐようにセコムのCMに起用されたことなどをピックアップ。実際、街を歩けば至るところに大谷の看板があり、テレビをつけても、ネットを見ても、大谷翔平の姿が目に入ってくる。

日本人で世界一かつ世界唯一の選手がいることは素晴らしいし、凄いことだろう。そもそも投打両方をこなす選手すらいないのに、打者ではホームランのパワーと盗塁のスピードを併せ持ち、投手でもストレートは速く変化球のキレも凄まじい。おまけにモデル級のスタイルに愛妻家で愛犬家。子供から高齢者まで幅広い世代からの好感を集められるという点では、アスリートの枠を超えて全日本人の中でトップと言っていいのではないか。

しかも一昨年前のWBC優勝、昨年の「50-50」とワールドシリーズ制覇を経たことで、大谷は着実にライト層のファンを増やしてきた。そんな段階的な背景もあって「これくらいのフィーバーは当然」といったムードが日本全国を覆い尽くしている。

しかし、だからこそ気になるのが、昨春から秋にかけて一部で取りざたされた「大谷ハラスメント」というフレーズ。楽しみにしていたレギュラー番組が大谷の試合で休止となり、重要なニュースを扱わずに大谷特集が組まれ、何気ない会話でも「知らないの?」「興味ないっておかしくない?」という空気になることなどへの不満があがっていた。


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しかもそういう人は身近にもいれば、テレビの出演者にもたくさんいて、避けようと思っていても目にしてしまうことが、ハラスメントという言葉につながった理由の1つだろう。それらの人々を見て共感性羞恥(他人の恥ずかしい姿を見て自分事のように恥ずかしさを感じてしまう)を感じるくらいなのに、やんわり指摘することも許されない。

そもそもスポーツが好きかどうかで分かれる上に「野球好き」となると、その数はさらに絞られる。球技のチームスポーツだけをピックアップしても、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどが好きな人も多いのに、大谷とドジャースフィーバーの今、その話題を口にすることすらためらってしまう。

ある意味、言論封殺のような空気の背景には、「野球というスポーツだけでなく、大谷の人間性や振る舞いなども楽しむ」という特殊性がある。もし「こっちは単に野球を見てるだけじゃなくて、大谷という日本一・世界一の人間を見ているんだよ」と語られたら、自分の好きな他のスポーツを語る気力も失せてしまうのではないか。

そして「大谷ハラスメント」というフレーズを語る上で触れておかなければいけないのは、メディアのビジネスライクなスタンス。

写真=iStock.com/Yuzuru Gima

※写真はイメージです

ビジネスなのはわかるけど

今回、試合中継を担当する日本テレビの特設ホームページには、「これは、夢か?」というコピーが掲げられている。ただ、一昨年はWBCの東京ラウンドがあり、昨年は韓国でドジャースの開幕シリーズが開催されただけに、「夢というよりビジネスとしての現実」と見るのが自然だろう。

それくらいあおってにわかファンを集めようとしていることは間違いないが、その日本テレビと言えば「いまだに巨人戦のイメージがある」という人も多いのではないか。しかし、読売新聞グループの日本テレビですらプロ野球中継の数は極めて少ない。それどころか週末のみになったスポーツニュースでも、「日本プロ野球の扱いはわずかでメジャーより少ない」というケースが目立つようになった。

事実、日本テレビや系列局の局員からは「年に数回でも野球中継はお荷物扱いになっている」という声を長年聞いていた。他局はさらに中継が少ないなど、「在京キー局はNPBをネットに追いやったのに、メジャーだけは嬉々として放送する」という状態が続いていて、これが日本プロ野球ファンからの不信感につながっている。

テレビマンたちに言わせれば、「大谷は視聴率が獲れて、日本のプロ野球は視聴率が獲れない」というだけなのだろう。

それは仕方がないところもあるが、朝から夜まで大谷特集を放送するのは別の話。特に報道・情報番組には事件・事故、政治・経済などの扱うべきニュースが他にもあり、大谷の活躍で盛り上がっているときだからこそ、バランスよく構成できれば評判を集めそうなものだが、どこもそれをせず長時間の大谷特集を繰り返している。


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しかし、今春は会見や練習のみで特集が組まれるなど、大谷をめぐる盛り上がりが増した感がある。これは「ハラスメントに近いものを感じる人が増えやすい」ということだろう。さらにネット上の声を見ていくと、なかには野球好きですら「大谷ハラスメント」を訴える人もいた。それどころか山本由伸に佐々木朗希も加わって「ドジャースハラスメントだ」なんて声もある。

上層デッキから見たドジャースタジアム(写真=Junkyardsparkle/CC-Zero/Wikimedia Commons

対戦相手カブスの鈴木誠也や今永昇太が引き立て役のようなポジションにしか見えないほど、ドジャースびいきの空気が日本中にただよっている。事実、情報番組のアナウンサーやコメンテーターらも「今日はドジャーカラーの服を着てきました」などと肩入れするコメントが目立ち、まるでそれが日本の総意のように感じられてしまう。

ちなみにメジャーリーグのファンにしてみれば、豊富な資金力で他チームの主力を集めるドジャースは「本拠地ロサンゼルスの人以外“嫌”“苦手”という人が多い」と言われるチーム。かつて読売ジャイアンツは断トツの人気チームである一方、「ファン以外ほぼアンチ」などとも言われたが、メジャーファンにおけるドジャースはそれに近いのかもしれない。

それでも現在は「チームなんて関係なく大谷を応援したい」という日本人が多いのだろう。その思考回路は「大谷翔平=日本代表」に近いのではないか。言わば大谷を世界各国の代表と戦うナショナルチームとみなしているように見える。

試合内容ではなく大谷が見たい

もともと日本人は「自国のリーグ戦やカップ戦はあまり見ないのに、4年に一度のオリンピックやサッカーワールドカップだけは見て熱く語る人が多い」と言われている。同様にバレーボールも「日本代表戦だけは見る」という人がいるため、長年ゴールデンタイムの生中継が続けてられている。

つまり欧米と比べて「国別対抗戦にしか燃えない」という“にわかスポーツファン”が多いと言われているのだが、現在の大谷は1人でそれに匹敵する存在になっていることの証しなのかもしれない。

だからなのかネット上には、ドジャースが勝とうがカブスが勝とうが大きな問題ではなく、「いかに大谷が活躍するか」という観点で見ているような声が目立つ。「スポーツやチーム戦の醍醐味そっちのけで大谷ばかりに注目する」というスタンスにモヤモヤを感じてしまう人がいるのも無理はないだろう。

そんな“にわかまる出し”ではしゃぐ人々の姿が、昨秋のワールドシリーズ期間を上回るモヤモヤのもとになっている。

「昨日、大谷見た?」なんて話している人が、「大谷以外の野手を知らない」「日本人以外のプレーは“ながら見”」「試合結果を覚えていない」などの様子に、にわかではない人たちが辟易とするのも当然かもしれない。


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大谷とドジャースを利用して目先の数字を取ることはビジネスとして一概に否定できない一方で、それが横並びで偏ってしまうという状態は業界としてのダメージが大きい。特に声をあげられずハラスメントのようなものを感じている人は、テレビ自体のイメージが悪化してしまうのではないか。

昨秋から現在にかけてのフィーバーは「大谷に視聴者ニーズがある」のは確かでも、「やりすぎると視聴者ファーストにならない」。そして「テレビ離れにつながってしまう」という事態に突入しているように見えてしまう。

「あまりに完璧すぎる大谷が苦手」という人も存在し、「お金をかけた補強が続き、あまりに強すぎるドジャースが苦手」という声が散見されることもポイントの1つ。

どちらも「凄いのが当たり前」という異次元の存在であり、大谷はプライベートも含めてスキのない人物像に「見ていてつらくなる」という人もいる。大谷が一般人の予測を超えるほどの活躍を毎年見せているため、「ずっと凄い」という状態と自分と比べていたたまれない気持ちになってしまう人が出ても不思議ではない。

同じようなコンテンツの乱立

ジャンルは違うが芸能人は「一流の人ほどスキをどう見せるかを考える」という。自分と一般人の距離が遠くなりすぎないように、天然、ポンコツ、実は人見知り、恐妻家などのキャラクターを交えて見てもらいやすい状態をつくっている。野球選手も人気商売の1つだけに、無理してスキは見せなくていいかもしれないが、「普通」の姿も見せることでハラスメントという声は薄れていくのではないか。

ただこれは「何でも完璧なスーパースター」という姿ばかりフィーチャーするメディアの責任が大きい。また、そんなテレビ番組もネット記事も見る人がいるから「数字が獲れる」とみなして同じようなコンテンツが乱立し、ハラスメントのようなものを感じる人が生まれていく。

もちろん「大谷ハラスメント」「ドジャースハラスメント」などと言われたとしても、本人にはわずかな非さえもないだろう。そもそも「不快」と感じたらすべてがハラスメントとしてみなされるわけではなく、とりわけ今回の件は自分の行動で回避することが可能なレベル。あまり回避しようとせず、ましてや生活や健康などを害されたわけでもなく、権利侵害などの法を犯していないのならハラスメントには該当しないように見える。

今回のシリーズ本番は2試合に過ぎず、昨秋のワールドシリーズよりも短い。その後も大谷特集は続くとしてもピークはこの1週間程度だけに、嫌悪感がある人もそれなりにやり過ごせるのではないか。

友人や同僚から大谷の話題を振られたとしても、「見ていないんですよ」「野球知らないから」などのひと言で対処すればいいはずだ。少なくとも懸命にベストを尽くそうとする大谷に負の感情をぶつけることが無意味であることは間違いない。

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