新聞はファクトチェックが使命 「報じない理由」説明必要な時代 江川紹子さんインタビュー

江川紹子さん

 兵庫県知事選で争点の一つとなった告発文書問題で、交流サイト(SNS)上で告発者の元西播磨県民局長のプライバシー情報が取り沙汰されながら新聞やメディアが扱わなかったことをどう考えるか。ジャーナリストの江川紹子さんに聞いた。(前川茂之)

 -昨年3月に今回の文書問題が発覚して、報道は火だるま式に過熱化しました。知事選で元県民局長の私的情報という内容に関心が高まり、メディアと県議会の間で知事を追い落とす「陰謀があった」との見方がネット上で広まりました。

 「民意が常に絶対正しいかというと、間違うこともあります。いつの時代もそうですが、一般の人々が特に関心を持ちやすいのはカネの話とゴシップです。だからといって新聞社までが真偽不明なゴシップに流れてしまうと、日本の情報環境全体が根底からグズグズになってしまう。事実を確認する裏取り取材をした上で、何を取り上げ、何を取り上げないかを常に考え、判断している新聞社の姿勢を、私は基本的に評価しています。一方で、SNSなど情報が氾濫する時代には、ゴシップ的なことをなぜ報じないかを説明する必要が出てきたとも感じます」

 -読者への説明というと神戸新聞は知事選で泡沫認定をした理由を投開票日翌日に掲載しました。それも炎上しましたが…。

 「声の大きな一部のマスコミ嫌いの人たちは何を言っても反発します。そうではなく、一般の人々の関心に応えるのが『マス(大衆)・メディア』です。事あるごとにきちんとした説明をすれば理解する人は多いのではないでしょうか」

 -率直に、江川さんは私的情報について触れるべきだったと思いますか?

江川紹子さん

 「重大な社会問題や人権侵害が実際に発生し、それを伝えるのに必須な場合は、新聞社として私的情報も書く必要があります。例えばジャニーズ問題は人権侵害があったわけです。しかし、本件の場合はそうではない。今のところ(告発文書の真偽と)元局長のプライバシーは直接関係はない。元局長による人権侵害があった、との訴えもないわけです」

 -知事選中、Q&A形式のファクトチェックで、改めて一連の経緯を振り返りましたが、読者に届いた実感はありませんでした。

 「分かりやすく刺激的で単純な物語が人々に受け入れられやすい傾向はあるでしょう。ただ、仮にネット上で言われているように、元県民局長の死因が私的な理由だったとしたとしても、大事なのはそこじゃありません。公益通報の問題です。通報された側の当事者が通報者を調べて処分をした。この最も重要な問題を置き去りにして真偽不明の私的情報が派手に打ち出され、人々の関心を引きつけた。そういう時に『大事なのはこっちです』と指摘し、事実とそうでないことを示し続ける役割は大切です」

   ◆  ◆

 -選挙報道では多くのメディアが公平性に縛られたとの批判も受けます。

 「あしき公平主義ですね。選挙になると候補者のネガティブ情報の報道が止まる。どの候補者にも同じ基準と態度で事実をチェックするのが、報道機関に求められる公平性・公正性です。その結果、虚偽情報を流す候補者に多く指摘がなされるのはやむを得ません」

■「虚偽情報が放置され、問題のある候補者が当選して困るのは有権者」 

 「新聞社として事実に対するチェックは使命です。例えば、選挙前に宣言するのはどうでしょう。われわれは公正な立場から問題点を指摘するのであり、どちらかを支持するのではない」

 「虚偽情報が放置されて、問題のある候補者が当選して困るのは有権者です。新聞は候補者よりも、有権者である読者のために働くべきです。読者は候補者のネガティブな情報も知ったうえで投票したいんです」

江川紹子さん

 -SNS社会の中でもオールドメディアの生きる道はありますか。

 「SNSでは真偽不明の情報が高速で飛び交います。そういう時代だからこそ、何が本当なのか人々は知りたい。この状況は新聞社にとってむしろプラスとも捉えられます。事実に関する情報はわれわれに任せてくれと言ったらどうでしょう。特に地方紙の場合は、その地域に一番多くプロの取材者が集団としているわけです。その分、事実に対する責任はこれまで以上に重くなります」

 「学生に投票先をどう決めたかを聞くと、X(旧ツイッター)を見たと言うんです。Xには一部政党の情報ばかりで、他の党はほとんど出てこない。自分で決めたように思っていても、実はSNSのアルゴリズムに決められている。非常にゆゆしきことですが、いい解決策は見当たらない」

 「だけど、情報が本当だろうかと思うことはたくさんあるわけです。そういう時に神戸新聞が、読者からの質問に応えてファクトチェックをしてくれる。そういうことを一生懸命続けて地方紙は事実確認のよりどころ、という認識を広げていく。それしかないんじゃないかと思うんです」

江川紹子さん

 「新聞社の強みは議論の論破ではなく、事実の提供です。事実を示して読者に考える材料を与える。その強みを最大限に生かすには、どうしたらいいのかということを議論すべきです。今、新聞社の人たちは自信喪失に陥っているように見えます。新聞にしかできないことは必ずあります」

 【えがわ・しょうこ】 1958年東京都生まれ。早稲田大を卒業後、神奈川新聞に入社。記者を務めて29歳で退社しフリーランスとなり、オウム真理教事件などを取材。2020年より神奈川大特任教授。「オウム事件はなぜ起きたか」「『カルト』はすぐ隣に」「人を助ける仕事」など著書多数。

【兵庫県の告発文書問題】県西播磨県民局長だった男性が昨春、斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などの告発文書を関係者らに送付。県にも公益通報したが、県は公益通報者保護法の対象外と判断し、男性を懲戒処分とした。県の対応が適切かを調べるため県議会は昨年6月、調査特別委員会(百条委員会)を設置。男性も証言予定だったが同7月に死亡した。同9月に県議会の不信任決議を受けて斎藤知事は自動失職し、同11月の知事選に立候補した。同時に、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が斎藤氏の支援を公言して立候補し、男性の私生活に問題があったなどとする情報を「メディアが隠す真実」としてネット上で発信した。

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