米連邦地裁、黒人女性射殺事件で元警官に禁錮2年9カ月 トランプ政権は禁錮1日を要求
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米ケンタッキー州ルイヴィルで2020年3月に黒人女性ブリオナ・テイラーさん(26)が白人警官に射殺された事件で、同州の連邦地裁は21日、元警官のブレット・ハンキソン被告に禁錮2年9カ月の判決を言い渡した。
病院職員のテイラーさんは2020年3月13日の真夜中過ぎ、ルイヴィルの自宅でボーイフレンドといたところ、室内に踏み込んで来た私服警官に銃で撃たれて死亡した。ハンキソン被告は突入した警官の1人だった。
連邦地裁の陪審員は昨年、ハンキソン被告が過剰な実力行使でテイラーさんの公民権を侵害したとして、有罪評決を出した。公民権侵害で有罪となった場合、ハンキソン被告には終身刑が言い渡される可能性があった。
今回の判決が出される数日前、ドナルド・トランプ政権はハンキソン被告に禁錮1日を言い渡すよう判事に求めていた。テイラーさんの事件に対する現政権のアプローチは、ジョー・バイデン前政権のとは全く異なる。
テイラーさんの自宅に突入した警官の中で、突入そのものについて有罪判決を受けたのはハンキソン被告のみ。
この事件では、元警官ケリー・グッドレット被告が、同僚と共謀してテイラーさんの自宅での捜索令状を取得するために宣誓供述書を偽造し、テイラーさんの死後にその行為を隠ぺいした罪に問われている。グッドレット被告は罪状を認めている。判決は来年に言い渡される予定。
ハンキソン被告は服役後、3年間の保護観察処分となる。
21日の判決を受け、テイラーさんの母タミカ・パーマーさんは、「判事はできることの中で最善を尽くしたと思う」と述べつつ、軽い量刑を求めた連邦検察官の姿勢は批判的だった。
事件当時テイラーさんと一緒にいたボーイフレンドのケネス・ウォーカーさんは、「わずかにでも正義を得られて、感謝している」と語った。
裁判所の外では、判決を待つ抗議者らが通りを封鎖し、テイラーさんの名前を叫んだ。テイラーさんのおば、ビアンカ・オースティンさんら数人が警察に拘束された。
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事件当日、テイラーさんとウォーカーさんが自宅で寝ていたところ、警官隊がドアを破壊して室内に踏み込んだ。警官隊は麻薬取引の捜査として、テイラーさんの自宅の家宅捜索令状を裁判所から得ていた。この時の令状は、捜索の際には「ノック不要」としていたという。
当局は、ウォーカーさんがテイラーさんの自宅に麻薬を隠していると考えていた。
テイラーさんと一緒にいたウォーカーさんは、警官がドアを壊した際に名乗らなかったため、侵入者だと思って銃を1度発砲し、ジョン・マティングリー巡査部長が足を負傷した。
警官3人が応戦し、テイラーさんの自宅に32発の銃弾を撃ち込んだ。
ハンキソン被告はこの際、窓の外から室内に10発の銃弾を発砲した。被告の銃弾は誰にも当たらなかったが、一部が小さな子供のいる隣家に命中した。
テイラーさんが死亡したのは、マイルズ・コスグローヴ刑事が発射した銃弾によるものだった。コスグローヴ刑事は後に、解雇された。
テイラーさんの自宅からは違法薬物は見つからなかった。
ハンキソン被告はこれまでの裁判で、標的は見えなかったものの、銃撃戦が起こっていると信じ、自分と仲間の警官の命を守るために行動したと述べていた。
検察は、被告が「目標の人物を視認できない状況で発砲してはならないという、致死的な実力行使の基本原則の一つに違反」し、無謀な行動を取ったと指摘した。
「Black Lives Matter」という表現は、2013年から2014年にかけて、アメリカの黒人に対する差別や暴力に抗議する運動の合言葉となり、2014年8月に南部ミズーリ州ファーガソンで18歳の黒人男性が白人警官に射殺されたのを機に、全国的な抗議運動と共に広がった。「白人と同じように黒人の命にも意味がある」という意味が込められている。
ハンキソン被告は昨年11月、公民権侵害の罪で有罪判決を受けた。
バイデン前大統領に任命されたメリック・ガーランド司法長官(当時)は、ハンキソン被告の「致死的な実力行使は違法で、テイラーさんを危険にさらした」と声明で指摘。「有罪判決は、テイラーさんの公民権を侵害したことに対する責任追及の重要な一歩だ。しかし、テイラーさんを失ったことに対する正義は、人間の能力を超える課題だ」としていた。
ハンキソン被告に有罪判決が出てから間もなく、トランプ氏が再選された結果、同被告の起訴を主導したバイデン政権ではなく、トランプ政権下の司法省が量刑を勧告することとなった。
トランプ政権は先週、ハンキソン被告に「禁錮1日」を言い渡すよう判事に求め、テイラーさんの家族らをあぜんとさせた。
テイラーさんの遺族の弁護団は、「法の下の、平等な正義を信じるすべてのアメリカ人は憤るはず」と述べた。「たった1日の禁錮刑を推奨することは、白人警官が黒人市民の公民権を侵害しても、ほぼ全面的に免責されるという、まぎれもないメッセージを発信することになる」。
司法省は禁錮1日を求めた際、ハンキソン被告が死者を伴う家宅捜索に「令状執行者」として関与していたものの、テイラー氏を撃ったわけではなく、「彼女の死に対して責任を負うものではない」と主張した。また、「この状況下」で追加の禁錮刑を科すのは「単に不当」だとも述べた。
量刑勧告には通常、当該事件を扱う検察官や司法省のキャリア職員が署名する。しかし今回は、トランプ氏が公民権局長に任命したハルミート・ディロン氏が署名した。
トランプ氏はホワイトハウスに復帰して以来、バイデン政権時代の政策を後退させることを優先課題としている。特に司法省に関連して、そうした動きをみせている。
5月には、テイラーさんの事件など、警官による殺害事件や暴力行為をめぐる論争を受けて、ケンタッキー州ルイヴィルやミネソタ州ミネアポリスの警察に対して起こされた訴訟を却下する手続きを開始した。
テネシー州メンフィスやアリゾナ州フィーニックスといったほかの都市における、警察の憲法違反に関する調査も打ち切られた。
現司法省は、バイデン前政権が導入した「広範な」監督を行う合意は、連邦裁判所の地方警察に対する「何年にもわたるマイクロマネジメント(細部に至るまで管理・干渉すること)」を招くと批判した。
バイデン政権下の司法省は、12の州および地方の法執行機関に対し、市民権に関する調査を開始した。
同省はこのうち、ルイヴィル、ミネアポリス、フィーニックス、ミシシッピ州レキシントンの4都市について、警察の組織的な不正行為に関する報告書を発表した。
一部の警察とは説明責任に関する合意がなされたが、正式な執行には至っていない。
前政権からのこうした変化は、司法省の大規模な人員流出の中で起きている。
ハンキソン被告に禁錮1日を言い渡すよう求めた公民権局だけでも、1月のトランプ氏の大統領就任以降、弁護士の約7割が辞めたと報じられている。