「スパイの親玉」と平気で会談する日本の政治家の残念さ…習近平が「魔法の武器」と呼ぶ工作組織の中身

中国の脅威とはなにか。経済安全保障アナリストの平井宏治さんは「中国共産党が率いる中国人民解放軍は世論や法律を操作する工作部隊を擁し、他国に様々な影響を与えている。現に国内でも工作部隊の関連組織が活動しているが、多くの日本人はその存在にすら気付いていない」という――。(第2回)

※本稿は、平井宏治『日本消滅』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/vchal

※写真はイメージです

他国の「世論」を形成する中国の秘密作戦

現在、戦争には軍事戦、経済戦、情報戦、政治戦の分野があると考えられ、研究されている。日本と中国の関係を見ていく場合、この中でも特に「政治戦」とは何かということを押さえておく必要がある。

政治戦とは、「国家目的を達成するために政府が他の政府や社会の認識、信念、行動に影響を与えるために使用する一連の公然または秘密の手段」を指す。

政治戦には、影響工作、スパイ活動、プロパガンダ、経済的威圧、フェイクニュース、メディア操作、積極工作、戦狼外交、広報、文化活動、洗脳などが含まれる。

特に注意して見ておかなければならないのが「影響工作」で、外国政府の指導者、経済界、学術界、マスコミ、主要エリートに影響を与え、自国の国益を犠牲にしてでも他国に利益をもたらすことを目的とする行動を指す。

中国共産党が率いる中国人民解放軍は政治戦に属する「三戦」を極めて重視している。三戦とは、世論・メディア戦、心理戦、法律戦を指す。

相手国内に中国の国益を増進する偏向的な論調をつくり、認識に影響を与えて対応能力を低下させることを目的とし、中国にとって不都合な組織の崩壊や、中国にとって有利な法律の成立も現実化する。

習近平ご自慢の工作部隊

世論・メディア戦とは、もちろん、新聞、雑誌、書籍、映画、テレビ番組、ネット番組といった様々なメディアを使って相手国の国民の認識に影響を与え、その世論を武器にして相手国の抵抗意識あるいは戦意を弱めることだ。

オーストラリアの安全保障シンクタンク「Strategic Forum」の最高責任者でもある国際関係学者ロス・バベッジは、中国共産党が親中国共産党報道を行うための資金提供を海外の新聞社に対して行っていることを明かしている。

心理戦とは、米国防総省の定義の通り、「外国人の感情、動機、客観的論拠、最終的には外国政府や組織、グループ、個人の行動に影響を与えるために、選択された情報や指標を外国の聴衆に伝達する計画的な作戦」を指す。

中国が海外に対して外交的圧力をかけたり、フェイクニュースや風説を流して嫌がらせを仕掛けたりするのは、覇権の主張と脅迫の伝達が目的だ。

法律戦とは、「中国の法理上の優位性を確保して敵を非合法化する」ことを指す。国内法、国際法、戦争法、裁判法、判決、執行を含む法のあらゆる側面を利用し、総合的に組み合わせて、世界中の法理を中国が有利になるように使用する。

そして、この「三戦」を担うのが中国人民解放軍の「中央統一戦線工作部」という部局である。BBC NEWS JAPANが2024年12月25日、《中国の「魔法の武器」、統一戦線工作部 イギリスでのスパイ疑惑で注目される》という記事を配信した。

「魔法の武器」(原語は「法宝」)とは、習近平が中央統一戦線工作部を指して自らがそう言っているキャッチコピーのようなものだ。


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アメリカと台湾においては、中国共産党が中央統一戦線工作部を使って行っている政治戦争の性質は、広く一般に理解されている。両政府による非機密情報の公開、メディア報道、学術研究における論文発表が一定程度、機能しているからだ。

ところが日本においては、中国共産党が日本に対して行っている影響力工作の性質およびその手段はあまり明らかになっていない。例えば現時点で、日本国内で機能している中央統一戦線工作部関連組織には次のようなものがあるが、これらの組織と中国人民解放軍が展開している「三戦」との関係を認識・理解している人は多くはないだろう。

※中国平和的国家統一促進委員会 ※日本中国和平統一促進会 ※全日本華僑華人中国平和統一促進会 ※全日本華人促進中国平和統一協議会 ※中国人民対外友好協会 ※中国国際友好交流協会 ※友好協会および業界団体(日中友好議員連盟、日本中国友好協会、日本国際貿易促進協会、日中文化交流協会 、日中経済協会、日中協会、日中友好会館)

※孔子学院

そもそも中央統一戦線工作部の歴史は長く、戦前から戦後にかけての国共内戦時代に中国共産党が政治目的のために党外協力者を取り込む方策として組織された。アメリカが緩和政策を採り始める時期と一致するが、1979年、●小平が最高指導者だった時代に再設立され、習近平が国家主席に就いて以降、急激に重要度を増していく。

※「とう」は登におおざと。

日本人が知らない習近平の野望

2015年5月、習近平は「中央統一戦線工作会議」を初開催し、「中国を取り巻く内外情勢はすでに変化した」という認識に基づいて「新しい形勢下の統一戦線工作」を提起し、全党を挙げた統一戦線を指示した。7月に国内各組織の統一戦線工作を主管する中央統一戦線工作領導小組が設置される。

2018年3月、国家組織である国務院僑務弁公室、国務院国家民族事務委員会、国務院国家宗教事務局が、本来は中国共産党の党組織である中央統一戦線工作部の指導下に組み込まれ、これで華人・華僑、少数民族、宗教に関する実務管理も党に一元化されることになった。

2019年10月以降、習近平は「大統戦」の方針を継続して掲げている。大統戦とは「広範で強力な統一戦線の推進」という意味で、党部門である中央統一戦線工作部のみに工作を任せるのではなく統一戦線工作を党全体の重要事業として位置づけ、党の指導強化の下で関連部門間の連携を強化する、という目論見である。

政府および政治家に統一戦線工作に対する警戒心があまりにも小さいのと同様、「中国製造2025」「中国標準2035」「中国製造2049」という中国の産業政策、習近平が2020年を境に打ち出している「双循環戦略」に対してもあまりにも警戒心が小さいのが日本である。


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BBC NEWS JAPANは、中央統一戦線工作部は「増強の続く中国の軍備と同じくらい、西側では警戒されている」とし、「外国政府から秘密の情報を入手することにとどまらず、在外中国人を広範囲に動員することも統一戦線の活動の軸となっている」「影響工作において中国は規模と範囲の両面で独特だ」とのイギリスの識者の声を紹介している。

そして中央統一戦線工作部の現在の主活動は、「中国が自国領土と主張する台湾や、チベットや新疆における少数民族の弾圧といったデリケートな問題で、世論に影響を与える活動」「外国メディアが中国について報じる際の語り口の形成や、外国で中国政府を批判している人々への攻撃、影響力の大きい在外中国人の取り込み」と伝えている。

そして2025年の1月中旬(13~15日)、自民党の森山裕、公明党の西田実仁両幹事が日中与党交流協議会メンバーとして訪中した時に会談した石泰峰は、実にこの中央統一戦線工作部の部長である。同期間に会談した全国政治協商会議主席、中国共産党中央政治局常務委員つまりチャイナ・セブンの党内序列4位・王滬寧は台湾工作を指導する人物だ。

「政治戦」を知っていながら訪中した政治家連中

2023年12月8日付の産経新聞は、《中国共産党・政府が今月初め、来年1月に行われる台湾総統選に向けた「工作」を調整する会議を開催したとみられることが分かった。台湾当局者が8日までに明らかにした。

台湾当局は、中国が巧妙に選挙介入を強める狙いとみて警戒している。会議は中国の最高指導部内で台湾工作を担当する王滬寧人民政治協商会議(政協)主席が主宰した》と伝えている。

これら「三戦」の中心人物との接触は、自民・公明の政治家だけではない。2024年1月には社民党の福島瑞穂党首が訪中して王滬寧と会談し、2024年の8月には立憲民主党の岡田克也幹事長ら訪中団が中国共産党の党外交を担う中国共産党対外連絡部の部長・劉建超、そして石泰峰党中央統一戦線工作部長とそれぞれ会談している。

写真=Wikimedia Commons

岡田克也氏(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

アメリカの国防情報局は2019年1月に発表した中国軍事力報告書の中で、中国がアメリカと台湾、そして日本に対して「政治戦」を行っている、という同局の公式評価を明らかにした。


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2015年、中国政府はまず産業政策「中国製造2025」を掲げ、建国100年となる2049年までには世界一の工業国になると宣言した。ここまでにもたびたび触れてきたが、この計画が実現すれば中国が世界各国の生殺与奪の権を握ることになる。西側諸国は、自由で開かれた民主主義体制を護るために団結して独裁者を個人崇拝する中国に対峙することが必要であり、今、その姿勢をどの国よりも鮮明にしているのがアメリカのトランプ政権だ。

明らかに中国は今、超限戦理論に従って、自由貿易や経済、市場を兵器として使い、西側諸国と闘争を続けている。トランプ政権の規制・監視を強化した貿易政策、投資政策、金融政策、そして関税政策はすべて中国が展開している超限戦に対抗し、超限戦の旗を降ろさせるためのものだ。

日本の企業経営者たちはこの現実、つまり中国が超限戦理論に従って西側諸国と闘争を続けていること、トランプ政権があらゆる政治的手立てを使って中国に対抗しているということの意味と意義を正確に認識できていない。

中国製造2049という具体的目標を達成して、「IT、半導体を含む次世代情報通信技術」「先端デジタル制御工作機械とロボット」「航空・宇宙設備」「海洋建設機械・ハイテク船舶」「先進軌道交通設備」「省エネ・新エネルギー自動車」「電力設備」「農薬用機械設備」「新材料」「バイオ医薬・高性能医療器械」の各産業のトップに立てば、その時点前後の時期に日本企業は中国市場から追放される。中国に設けた製造資産と技術を根こそぎ奪われたうえでお払い箱となるだけだ。

それに気づいたアメリカと西欧諸国が路線転換を図ると、習近平は「内需主導型の経済成長」と「世界の中国依存度の強化」を2本柱とした「双循環戦略」を打ち出した。これは中国の大きな変化であり、それを証明する事実として、2024年の欧米企業による対中直接投資の記録的な減少があるが、日本の企業経営者たちは相変わらず「巨大な中国市場」という幻想に近い期待に甘んじたままでいる。

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