記者は退去を迫られた 初の大阪生活で直面した特区民泊の理不尽
ちょうど1年前、2025年春の異動に伴い、新天地・大阪市へやってきたばかりの記者(27)は、予想だにしなかった要求に耳を疑った。
「3カ月以内に退去してほしい」。入居からわずか半年で、住んでいた物件から出て行くようにオーナー会社から求められた。
一体どういうことか。
理由をつぶさに調べると、インバウンド(訪日客)に沸く大阪市域の「光と影」が見えてきた。
大津から転勤 初めての大阪生活
異動当時、記者は入社4年目だった。振り出しの大津支局を経て、大阪社会部勤務を命じられた。
大阪市で生活するのは初めて。右も左も分からず、どこに住むか考えあぐねたが、不動産会社に紹介されたのが、JR森ノ宮駅から徒歩5分の10階建て新築マンション(大阪市東成区)だった。
大阪市中心部では「キタ」「ミナミ」に続いて大阪城の東側にある「ヒガシ」の開発が進んでいる。森ノ宮には28年に大阪メトロの新駅が開業する予定で、マンションはヒガシのエリアに位置し、家賃が手ごろだったこともあって入居を即決した。
閑静な住環境での生活に何ら不満はなかった。だが、25年10月初旬、オーナー会社から退去を求められた。
時を同じくして、マンションに異変が起き始めた。
スーツケースを持った外国人が連日出入りするようになり、共用廊下には段ボールに梱包(こんぽう)された大型家具が続々と積み上がった。
送り先の欄には、中国籍とみられる名前が記載されていた。
「特区民泊の運用開始に際して」。そう題したA4判の紙が、記者の向かいの無人部屋のドアに張り出された。読むと「特区民泊として主に外国人旅行者を滞在させる」と記され、末尾に住民向けの説明会の日程が告知されていた。
この時、退去を求められた理由が特区民泊にあったことを初めて認識した。
インバウンドでにぎわう陰で
25年に大阪・関西万博が開催されたことも相まって大阪都市圏では訪…