「痴漢や迷惑行為の乗客を電車出禁にしてほしい」SNSで要望の声、鉄道会社が踏み切れない「理由」
「痴漢の再犯を防ぐには、鉄道会社が加害者を出入り禁止にするべきでは?」
電車内での痴漢や迷惑行為がニュースで報じられる度に、そんな疑問の声がSNSなどで上がる。
たとえば、東京メトロの東西線車内で女子高生に痴漢していた男が今年6月、逮捕されたが、読売新聞などの報道によると、この男は昨年8月から週2〜3回、同じ女子高生に繰り返し痴漢行為をしていたという。SNSではこの事件が報じられると、「二度と乗れないようにしてほしい」との声が多く寄せられた。
実際、法務省の「犯罪白書」によると、痴漢は他の性犯罪に比べて再犯率が高いと指摘している。また、内閣府の調査では、痴漢被害の多くが電車内や駅構内で発生しており、特に若年層での被害が顕著だった。そうしたことから、「痴漢の加害者は二度と電車に乗れないようにしてほしい」という声は根強い。
一般的に、飲食店で迷惑行為をした客を「出禁」にすることは珍しくないが、鉄道会社がそうした措置を取ることは法的に可能なのだろうか。
公共交通の性質や、憲法が保障する「移動の自由」、そして乗客の安全──。この問題には、どこまで法的な対応が可能なのか、鉄道会社に取材するとともに、鉄道にくわしい甲本晃啓弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「痴漢」の再犯率は4割超
法務省がまとめた「平成27年版犯罪白書」では、性犯罪について調査しており、痴漢の再犯についても触れられている。
それによると、調査対象となった「痴漢型」の性犯罪者56人のうち、過去に迷惑防止条例違反で罰金刑を受けた人は43人に上った。さらに、執行猶予付きの懲役刑を受けた人も少なくなく、単純執行猶予が30人、保護観察付き執行猶予が7人確認された(複数の刑事処分歴を持つ人も含む)。
罰金刑の回数をみると、7割以上が複数回の処分歴を持っており、常習的に痴漢行為を繰り返している実態がうかがえる。
再犯率は44.7%と、他の性犯罪類型と比べて最も高い水準だった。再犯者のうち約7割は、再び条例違反を犯していた。
また、刑法犯としての性犯罪に再び及んだケースも一定数あり、その8割以上が強制わいせつだったという。
●「痴漢に遭った場所」は駅関連が7割
内閣府でも昨年2月、「痴漢は、個人の尊厳を踏みにじる行為であり、重大な犯罪」と指摘、「被害にあっても相談や申告がしにくく、被害の潜在化も懸念される」として、19歳から29歳を対象に、オンライン調査をおこなっている。
調査結果によると、痴漢被害に遭ったことのある女性は13.9%、男性は3.6%だった。何回被害に遭ったかという設問に対しては、「1回」が42.2%と最多だったが、「2回」(27.3%)、「3~5回」(23.4%)と、複数回の被害も少なくなかった。中には「11回以上」被害にあったとの回答もみられた。
被害に遭った場所は「電車内」が62.8%と最も多く、次いで「路上」(13.0%)だった。「駅構内」(階段やエスカレーター)などをあわせると駅関連で実に70.0%となった。
●鉄道会社は痴漢を「出禁」にしているのか?
こうしたことから、SNSでは鉄道会社や警察に対し、「出禁」を含めた対策強化を求める声が高まっている。
そこで、弁護士ドットコムニュース編集部では、実際に「出禁」都内の主な鉄道会社5社(JR東日本、東京メトロ、東急電鉄、小田急電鉄、京王電鉄)に対し、次のような質問を送った。
・痴漢行為が確認された人物に対し、利用制限や出入り禁止などの措置を行うことはありますか? ・そのような対応を行ううえで、法的・制度的に課題があればご教示ください ・痴漢や迷惑行為について、鉄道営業法・事業法・運送約款・社内規定などで利用拒否が認められる規定はありますか? ・被害者への配慮として、個別に対応されるケース(時間帯変更や警備強化など)はありますか?
各社から得た回答によると、いずれも、痴漢などの迷惑行為を理由に「恒常的な出入り禁止措置」を実施した事例は確認できなかった(2025年8月現在)。
JR東日本や小田急電鉄は鉄道営業法などに基づき、一時的に退去を求めることは可能とする一方で、加害者の特定や公共交通機関の性質を理由に、継続的な利用制限は難しいと説明。東京メトロも「鉄道営業法をはじめとして法的に利用制限ができる定めはない」と回答した。東急電鉄、京王電鉄でも、利用制限や出禁の規定自体がなく、事実上そうした措置は行っていない。
鉄道5社の回答(弁護士ドットコム作成)
● 飲食店の「出禁」とどう違う?
鉄道会社からの回答では、永続的に「出禁」を可能にする規定などはないようだった。その背景にはどのような法的根拠があるのだろうか。
「飲食店でいう 『出禁』が簡単に実現できないのには鉄道特有の理由があります。痴漢など犯罪歴を理由として、鉄道の利用を制限するということは現在の法律では不可能です」と甲本弁護士は指摘する。
飲食店での「出禁」とどう異なるのだろうか。
「一般にいう 『出禁』とは、店舗でいえば店主から今後の利用をお断りすると告げられた状態です。法的には施設管理権を根拠として店内の立入を拒否していると解釈されるため、『出禁』を破って店舗等へ立ち入れば建造物等侵入罪が成立します。場合により、警察に通報されて逮捕されてしまう事態になります。
鉄道も、利用者の迷惑となるような行為が現に行われれば、その場限りの対応として施設管理権を使って排除することは可能です。しかし、事前に鉄道の利用を全面的に禁止することはできません。
鉄道は公共の移動手段であり、『移動の自由』が憲法上の人権としてあまねく保障されているからです」
● 鉄道の利用を制限する立法は「可能」
鉄道の利用を制限するためには、立法すれば可能なのだろうか。 甲本弁護士はこう説明する。
「方向としては可能です。立法的にみれば、選挙違反に関連する罪については公民権を停止する措置があるように、罪を償った後においても、犯罪歴に基づいて人権に制限を加えている事例もあります。交通違反に対する自動車運転免許の停止や取消、欠格期間も同じような考え方だといえるでしょう。
もっとも、人権の制限は安易に行うことはできないため、制限の目的と手段は厳しく審査されます。仮に鉄道利用を全面的に禁止するとした場合、生活や就労の基盤を奪うもので、ともすれば、再犯リスクを高めてしまうおそれもある事から、このような制約は憲法に反すると思われます」
では、法整備は事実上、難しいのだろうか。
「痴漢(強制わいせつ)や盗撮は再犯可能性が高いため、混雑した車内で受ける視覚等の刺激を回避することが再犯防止に有効なケースもあると思われ、そういったケースに限って、目的に見合った曜日や時間帯・場所・方法等を限定した必要最小限の規制をすることは、立法論としては可能と思われます」
● イギリスでは性犯罪者に「利用制限」も
一方で、イギリスでは性犯罪者に公共交通の利用制限を課す制度もあると甲本弁護士は指摘する。
「イギリスでは、性犯罪者に対して『Sexual Harm Prevention Orders(SHPOs)』などの予防的措置を裁判所の命令で民事的に行動制限を課す法制度があり、その一環として公共交通機関の利用制限を課すことが裁判所の裁量で可能です。たとえば、時間帯や路線を限定した鉄道の利用禁止などです。
このような制度を日本で導入するには、裁判所が再犯防止を目的とした予防的措置として個人に行動制限を命じることができる法的枠組み(日本版SHPOs)の立法が不可欠です」
では、実際にこうした制度を導入するとしたらどのような検討が必要となるのだろうか。
「規制を行う要件と行動制限の内容、手続き保障、違反時の罰則を明確化する必要がありますが、特に、個別のリスク評価、これに基づく必要かつ相当な範囲での制限を法律で規定していく必要があります。
また、命令の発動については、裁判官だけでなく更生・犯罪予防の専門家、心理や行動に関する専門家の意見を的確に反映して、制限下での対象者の行動を的確に把握・評価し、人権保障とのバランスがとれた内容の制限に留めるための実施プロセスの構築が求められると思います。
行動の把握については、現実的に人の目による監視は困難でしょうから、ICカードや監視カメラなどの技術的手段を活用が考えられますが、同時に対象者および他の利用者のプライバシーに配慮しながら運用方法を構築していくことが不可欠と考えられます」
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