映画「国宝」が描き出す歌舞伎界と出演者の華 李相日×吉田修一対談

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編集委員・石飛徳樹

「国宝」に主演する吉沢亮

 ある歌舞伎俳優の生涯を描いた吉田修一さんの小説「国宝」が李相日監督の手で映画化された。6月6日の公開に先立ち、カンヌ国際映画祭の「監督週間」部門への出品も決まった。

 吉田×李のコンビは「悪人」「怒り」に続き、3作目になる。吉沢亮が主人公の喜久雄を演じ、横浜流星、渡辺謙寺島しのぶ高畑充希ら芸達者が脇を固める。吉田さんと李監督が映画について縦横に語り合った。

対談では、原作小説と映画の関係のほか、監督に「この映画は吉沢君ありき」と言わしめた吉沢亮さんのすごみ、原作者に「グッときました」と言わしめた横浜流星さんの激しさについても語られます。

 ――吉田さん、見終わってすぐ「100年に1本の映画だ」とおっしゃいましたね。

 吉田 映画を「鑑賞」したというよりも、「体験」したという感触がありました。それって珍しいことなんです。李さんに撮ってもらった「悪人」や「怒り」とも全然違っていました。ちょっと忘れられない「体験」をさせてもらいました。

 李 それを聞いて、まずはホッとしました(笑)。脚色という意味では、3本の中でも最も脚色しているんです。原作は、喜久雄が中心の物語だけど、様々な人物の人生が毛細血管のように張り巡らされています。映画にするにはそれを喜久雄に収斂(しゅうれん)させていかないといけない。吉田さんが喜久雄の人生を感じ取って下さったのなら、映画が描きたかったことの核心が届けられた、と思えました。

李相日さん=東京都千代田区、門間新弥撮影

 ――歳月というものをすごく感じる映画ですね。

 吉田 本当にそう感じます。「風と共に去りぬ」や「ラストエンペラー」「フォレスト・ガンプ/一期一会」などを見ると、ある人の人生の最初から最後までを紛れもなく体験した、という感触が残るじゃないですか。あれですよね。実は、脚本を読んだ時はそこまで感じなかったんですよ。李さんの演出による肉付けがすごかったです。

 李 脚本の段階で吉田さんのご感想をうかがった時、「歳月を丁寧に追うよりも、ものすごい時間の飛び方をした方がいいんだ」と。「10年、20年と飛ばしても、次に出てきた時の姿がきちんと描けていれば、小説よりどんどん乱暴に飛ばせばいい」とおっしゃったんです。覚えていらっしゃいます?

 吉田 え?そんな偉そうなこと、言いましたっけ(笑)。でも、実際そうなっていますね。歳月の重みみたいなものがグッと感じられますからね。

吉田修一さん=東京都千代田区、門間新弥撮影

 ――時間の飛ばし方が本当にカッコ良いです。

 李 ある状況の流れを結論まで見せずに、その手前で止めて時間を一気に飛ばす。それを繰り返すことでダイナミズムが生まれてくるのではないかと考えました。経緯をどんどん省いていきました。

吉沢亮がみせる「一世一代」のすごみ

 ――あれは一体どうなったんだろう、というサスペンスもありました。

 吉田 見事だなと驚いたのは、歌舞伎の演目が喜久雄や俊介たちの人生ととてもリンクしていることでした。これは、映画ならではの重なり方だと思いました。私も李さんも歌舞伎のド素人でしたので、歌舞伎の演目で物語を語れるとは思っていませんでした。演目の中のセリフと演じ手の人生とが、嫌らしくならずにつながっていましたね。

 李 歌舞伎俳優の話ですから、舞台のシーンをちりばめていくわけですが、それって、映像的な強みにもなるけど、下手をすると、舞台のシーンとそれ以外のシーンの見え方が別物になってしまいます。観客は歌舞伎を見に来ているのではなく、映画を見に来ているので、舞台のシーンのせいで映画のリズムが崩れることがあってはならない。舞台の上と舞台を下りた時の境界を消し、舞台の上と舞台の外で同じ時間が流れているように心掛けました。実生活で生まれた感情が、舞台上の演技に表れてくる。これがつながると、舞台上も舞台外も生きてくるんです。

 吉田 そうですね。少年時代の喜久雄が演じる「積恋雪関扉」から見事に表れていましたね。そして渡辺謙さんの「襲名披露公演」! 舞台の上と舞台の外とがマックスに地続きになっていた。現実が舞台を、舞台が現実をどんどん侵食していく。その食い合いが物語の迫力になり、映画の大きさになっていました。

 李 喜久雄がお初を演じる最初の「曽根崎心中」の撮影の時、吉沢亮君に「舞台をしっかりやるよりも、喜久雄として演じる方が大事だ」と話したんです。すると吉沢君が「喜久雄を歌舞伎俳優でなく、自分が演じる意味が降りてきました」と言っていたのが印象に残っています。

 吉田 李さんから吉沢君の名…

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