ギター持たず清掃から始まった逆転劇 廃部寸前の部活が日本一 奈良育英軽音楽部の軌跡
昨年12月に開催された高校軽音楽部の日本一を決める「第5回全国高校軽音楽部大会 we are SNEAKER AGES(スニーカーエイジ)」(産経新聞社、スニーカーエイジ実行委員会、三木楽器主催)でグランプリに輝いた奈良育英軽音楽部。実は18年前は廃部寸前だったという。どうやって全国244校の頂点に立ったのか。同校を訪れて強さの秘密を探った。
基礎重視で全員のレベルアップ
1月中旬、奈良市法蓮町の同校を訪れると、音楽室で50人以上の部員に出迎えられ、「よろしくお願いします!」と元気な声であいさつされた。まるで体育会系クラブのようだ。2年で部長の上西結菜(ゆうな)さん(16)に案内してもらい、各パートに分かれた練習を見学させてもらう。
ギターパートの教室をのぞくと、約20人がエレキギターを抱えて練習しているのに、聴こえるのはメトロノームのリズムばかり。パート長の指示のもと、黙々と指を動かす「運指」の練習で、全員が同じ課題曲を静かに弾いているのだった。さらにメンバーが向かい合って互いの運指をチェック。こうした地味な基礎練習が約30分間続く。
向かい合ってお互いの運指をチェックするギターパートの練習。地道な基礎練習が確かな演奏技術につながっている=奈良市(中野謙二撮影)ドラムパートでも太鼓に見立てたゴムパッドを置いた机に10人余りが座り、同じフレーズを順にたたいていく。ミスをする生徒もいるが、何度かやり直してできるまで繰り返す。
ギターのパート長を務める2年の安田一優(かずまさ)さん(17)は「対面でチェックしてちゃんと弾けているかを確認。一人一人を見ることを大事にしています」。ドラムのパート長を務める2年の中村心花(こはる)さん(17)も「ほとんどが初心者ですが、一人ずつたたくことで『こうしたほうがいい』と先輩からアドバイスしてもらい、全員の実力を上げています」と話す。
入部する9割が楽器初心者という同部が高い演奏力を維持できる理由は、こうした地味な基礎練習を毎日のように繰り返すことにあるようだ。上西部長は「30分の基礎練習をしたときとしないときで、ハッキリ演奏が変わります」と効果を強調する。
逆境からのスタート
渡辺敬久教諭現在、部員数93人の大所帯だが、顧問の渡辺敬久教諭(43)が同校に着任した平成20年は廃部寸前だったという。渡辺教諭は「5人くらいと幽霊部員しかいなくて、今年で終わりという話でした。誰も顧問をやってくれない、というので引き受けました」と振り返る。
中学時代にギターを始め、高校からずっとバンドを組んでいたという渡辺教諭は「軽音も一生懸命やっていることに変わりはない。努力を周りに、世間に認めてもらえるようにしたい」という熱い思いの持ち主。
しかし、当時は電源の入らない機材、段ボールを敷いた6畳ほどの狭い部室。最初はギターではなくホウキをもって学校の清掃から始めたという。「まずは校内で認めてもらうためです」と渡辺教諭。軽音楽部復活の第一歩だった。
再スタート1年目の21年に出場したのがスニーカーエイジ。予選6位以内まで賞状をもらえた当時、ギリギリの6位に入って小さな賞状を獲得した。「体育館で校長先生から賞状を授与してもらえて、全校生徒から『軽音、やっているんだ』と認識してもらえた」。エントリー3年目の23年に予選を突破してスニーカーエイジ関西大会に進出、舞洲アリーナ(大阪市此花区)のステージを体験した。
グランプリを獲得した奈良育英のメンバーら=昨年12月28日、大阪市北区(恵守乾撮影)クラブのモットーである「一音伝心」「全力感謝」「全力挨拶」は再スタートを切ったころの生徒と話し合って決めたという。「誰も聴いてくれない環境だったので、聴いてもらえるクラブにしよう、意味のある高校生活にしようと」と渡辺教諭。人に聴いてもらうには自分たちが気持ちいい音ではなく、伝わる音や表現が必要。そのためには演奏の基礎、土台が一番重要で、当時の音楽に対する姿勢がいまの地味な基礎練習につながっている。
動画配信
渡辺教諭は就任当初から部員の演奏を撮影してユーチューブなどの動画配信サイトにアップしている。歴代メンバーの演奏100本以上がアップされ、高校の軽音楽部としては異例の総再生回数100万回を超える。
なかには22万回再生に達する映像もあるが、渡辺教諭は「再生回数は気にしていません。お互いの演奏を見て参考にしたり、表現力を磨いたりするために撮影しています」と話す。こうした映像を見て入学してくる生徒も少なくないそうで、上西部長は「先輩方の演奏を見られる貴重なアーカイブ」という。
普段はオリジナル曲を作ってそれぞれのバンドで活動しているが、スニーカーエイジのような大会には全員参加のオーディションが実施される。課題曲を全員が演奏し、技術力や表現力の高い部員が特別編成のメンバーに選ばれる。部内の立ち位置が分かり、全員の技術力向上につなげるためだ。
すべては人に伝わる音楽、聴いてもらえる演奏をするため。廃部寸前だったころのDNAがいまも受け継がれている。
関西、全国ダブル制覇
奈良育英はこれまでスニーカーエイジ関西大会に13度出場し、今大会は平成30年、令和3年に続く3度目の関西地区グランプリ獲得となった。全国大会化された令和3年は関西王者として出場して全国3位。今回初めて関西、全国でともにグランプリを獲得した。
全国大会は第1回大谷(京都)、第2回近畿情報高等専修学校(大阪)、第3、4回近大付(大阪)、第5回奈良育英と関西勢がグランプリを独占している。(中野謙二)