「ガムテープでいいんですか?」駅の警備員にナイキのロゴが任された理由 文字の丸み生んだ「思いやり」

JR新宿駅の東改札を出てすぐの壁面には、新店舗「NIKE SHINJUKU」のオープンを知らせるカラフルな巨大広告が貼られていました。 店舗オープン当日の4月10日、話題の警備員、佐藤修悦(しゅうえつ)さんと広告の前で待ち合わせました。 ころんと丸みを帯びて、少し崩れた独特な「新宿」の文字に、ナイキのロゴマークが刺さります。 高さ2メートル、幅3.2メートルのシートを2面使って展開したという巨大広告をまじまじと見ながら佐藤さんは「200点満点ですよ。よくここまで仕上げてくれたなぁと。こんなに大きく取り上げられて驚いています」と目を細めます。 72歳。警備員として勤めて28年。 今も終電後から始発前まで、新宿駅の工事現場で、工事用の鉄骨を積み下ろしする重機の誘導をしたり、往来する列車との事故を防ぐための見張りをしたりしています。 新店舗がオープンしたこの日も、佐藤さんは夜勤に行くところでした。インタビューに答えながら、仕事現場である新宿駅東口のバックヤードから見える巨大な街頭ビジョンに、何度も自分が書いた「新宿」の文字が輝くのを見て、「おもしろいでしょ」と笑顔がこぼれます。 大好きな街「新宿」だけに、特別に気合を入れた文字だったと言います。

なぜ佐藤さんに、ナイキの新店舗のストアロゴ制作の白羽の矢が立ったのでしょうか。 その理由は、新宿駅でたびたび目にする「東口→」「左側通行」などの「ガムテープ看板」でした。それらの多くは佐藤さんが警備の仕事の隙間時間で、駅利用者や通行人のために、工事用の粘着テープをカッターで切って作ったものなのです。 ロゴ制作の話を受けたとき、佐藤さんは「僕なんかで良いんですか? 『世界のナイキ』が、本当にガムテープ文字を使うんですか?」とたじろいだと言います。 「新宿といえば、僕の中では佐藤修悦さんがすぐ思い浮かびました」。抜擢(ばってき)したのは、「2021年NHK紅白歌合戦」の番組ロゴなども手がけてきたグラフィックデザイナーの佐々木俊さんでした。「新宿駅の利用者にもなじみがあり、新宿にふさわしい」 今回、佐藤さんが粘着テープで制作した「新宿」の文字をベースに、佐々木さんがアートディレクターとしてデザインをしました。


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河尻亨一さんが推薦中

そもそも、佐藤さんの「ガムテープ看板」は、どのようにして生まれたのでしょうか。 きっかけは2004年ごろでした。JR新宿駅で警備をしていた佐藤さんは、工事の迂回(うかい)などで「巨大迷路」のようになっていく駅構内で、頻繁に利用客から道を尋ねられました。 口頭での回答には限界を感じて、「看板を作ろう」と思い立ち、工事現場にあった養生用の粘着テープを裂いて、廃材のパネルに貼りつけ看板を作ったのです。「駅関係者に怒られたらはがせばいいや」ぐらいの気持ちでした。 ある日、利用客に胸ぐらをつかまれて「ここを通りたいんだよ!」と怒鳴られ、はっとします。自分も銀行勤めだった時代、乗りたい車両や駅構内のルートを決めていたことを思い出しました。喫茶店で働いた経験も長く、お客さんの視点に立つことが染みついていた佐藤さんは、「少しでも不満やイライラを解消できれば」と考えて、テープの文字の角を丸く削る「一手間」を加え始めました。 岩手県花巻市出身で、デザインを学んだことはありませんでした。「習字も苦手」。でも高校の選択授業の美術で見た「ゴシック体」の直線の美しさに魅了されました。社会人になってからも提出する書類は、時間がかかってもゴシック体風に書いてしまうほど。 そんな佐藤さんが心を込めてテープで丁寧に刻んだ「ガムテープ看板」は、ころんと丸くて、不思議な味わい深さがありました。 ある日、腰が曲がった高齢の女性が駅の看板の前に立ち、「こういう看板が欲しかったのよ」と言ってくれたのが、うれしくて忘れられないと言います。 情報もシンプルで、わかりやすい佐藤さんの看板は、いつの間にかファンによって「修悦体」と名付けられ、駅以外でも看板や店のロゴの発注が相次ぐようになっていきます。

いまでこそJR駅構内には、電光掲示板やパソコンで作った文字が多くなり、なかなか「修悦体」を目にする機会は少なくなりました。しかし、駅周辺を歩いていると「NO!ポイ捨て」など、ふとした瞬間に町に、溶け込む「修悦体」を見ることができます。 昨年、公益社団法人日本サインデザイン協会(SDA)から「佐藤修悦氏が生み出す道しるべ『修悦体』」に特別賞・プラチナ賞が授与されました。 「苦節20年やっと認められたかな」と感じたそうです。 受賞やグローバル企業との仕事を通して、佐藤さんはこれからどう変わるのでしょうか。 すると佐藤さんは「僕は今後も変わりません。頼まれたら文字を作るだけ。警備の仕事に支障が出ないようにしながらね」と事も無げに笑います。 今も夜勤前に3~4時間没頭して「ガムテープ看板」を制作することもあると言います。原動力は「好き」という気持ちです。「作っているとわくわくするんです。最初に見るのは自分ですから。『今回はこういう字になったのか』と毎回感動しちゃうんですよ。丁寧に心を込めて作るから、失敗したことがない。それが僕の唯一の自慢ですね」 デザインなどを志す若者にアドバイスを送るとしたら? 佐藤さんは「大それたことは言えないですけど、自分が好きと思うものを貫いてほしい。他人の要望も聞きすぎないで」と言いました。

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