米CEA委員長を務めるスティーブン・ミラン氏による論文が多くの市場参加者から関心を集めている。ドル高の是正に向けた「第2のプラザ合意」の実行に身構えようとする姿勢が金融市場に広がりつつある。
―ドルの切り下げの可能性はあるのか、貿易システム再構築で探る有望株選別のヒント― 2025年4月2日、トランプ米大統領によって「相互関税」政策が発表され、通商摩擦への警戒感が高まり、株式市場は急落に見舞われた。しかし、その後に90日間の猶予措置が設けられたほか、米中両国が追加関税を115%引き下げることに合意したことなどを受けて、市場心理は大きく回復した。結果として、発表から1ヵ月ほどを経て、株価は相互関税発表前の水準にほぼ戻る形となった。一方、為替市場は株式市場ほど楽観的な見方を示していない。相互関税発表前の水準には戻っておらず、ドル安・円高基調が継続している。その背景には、関税政策にとどまらず、ドルの切り下げを含む通貨政策にまで及ぶリスクが根底にあると見られている。 ●ドル切り下げ観測の論拠 この懸念の発端として、しばしば言及されるのが、24年11月に発表された政策論文だ。執筆者は、ハドソン・ベイ・キャピタル・マネジメントの元シニア・ストラテジストであり、現在は米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めるスティーブン・ミラン氏である。 ミラン氏はこのなかで、基軸通貨ドルを発行する米国が「トリフィンのジレンマ」に陥っており、これが製造業の空洞化や雇用喪失の根本原因になっていると論じている。基軸通貨には国際的な準備資産としての恒常的な需要があるため、基軸通貨国はそれを供給すべく、慢性的な経常赤字を維持せざるを得ない。この過程で基軸通貨(ドル)は常に過大評価され、基軸通貨国(米国)の貿易競争力は低下するという構造的不均衡が生じる。これが「トリフィンのジレンマ」である。 この不均衡を是正するため、ミラン氏は関税政策と通貨政策の併用を提案する。第1期トランプ政権下の18年から19年にかけて実施された関税政策の成果として、歳入の確保やインフレ抑制の効果があったと評価し、これを再び戦略的に活用すべきだとする。またミラン氏は、米国が世界の安全保障の過大な負担を他国と共有する必要性を訴え、その手段として、安全保障と関税を連動させることを主張している。更に通貨政策においては、ドルの過大評価を是正するため、準備資産として保有しているドルの売却を他国に求め、その残余を100年物の米国債と交換させる構想も提案している。 ●マールアラーゴ合意 これらの施策が実行されれば、為替市場には強い変動性(ボラティリティ)がもたらされるとされる。外国人投資家が保有するドル建て資産も巨額の為替差損を被る。また慢性的な経常赤字を穴埋めするため、米国は長年にわたって対外借入を膨らませ、それによって消費主導の経済成長を続けてきたが、こうした経済構造が大転換期を迎えることにもなる。 今回の貿易システムの再構築政策に関し、各国との協調がトランプ大統領の私邸があるフロリダ州マールアラーゴで行われる可能性を示唆したうえで、論文内でミラン氏は「マールアラーゴ合意」と表現している。マーケットは「第2のプラザ合意」と受け止めている。プラザ合意は、第2期レーガン政権下の1985年9月に、米ニューヨーク州のプラザ・ホテルで米・英・仏・西独・日が結んだドルの大幅な切り下げ協定であった。これにより当時1ドル=240円程度だったドル円相場は、およそ1年後に150円前後にまで低下している。興味深いことに、ミラン氏のハーバード大学時代に博士論文の指導教官だったのは、80年代にCEA委員長を務め、プラザ合意の枠組みにも影響を与えたと考えられるマーティン・フェルドシュタイン教授であった。 87年2月に行き過ぎたドル安を修正するため、ルーブル合意が締結されたものの、ドル安に歯止めは掛からず、同年10月のブラック・マンデーを経て、1ドル=120円台までドルは下落した。その2カ月後に先進7カ国(G7)が「これ以上のドル下落は好ましくない」とするクリスマス合意を発表した後、ドル安に歯止めが掛かったという経緯がある。一方、プラザ合意前に1万2700円台だった日経平均株価は、日本銀行の強い金融緩和政策を受けて1年後に1万7700円台へ上昇し、ブラック・マンデーを経たクリスマス合意前には2万2700円台と大きく値上がりしていた。 ●注目される防衛関連セクター ミラン氏が論文で示した施策案は現段階ではあくまで構想に過ぎないものの、貿易赤字と安全保障の負担を他国と分担すべきという主張については、CEA委員長として明確に発信しており、関税政策をその政策手段として推奨している。このような背景から、為替市場は依然としてドル切り下げのリスクを意識しており、株式市場ほど楽観的にはなりきれない構造がある。今後もこの懸念が残る限り、ドル安・円高の方向性は折に触れて再燃し、国際金融市場に不安定性をもたらす要因となるだろう。
ドル切り下げ懸念から円高が継続するのであれば、日本において輸出企業を中心に国内産業への打撃が想定される。プラザ合意後のような強烈な金融緩和政策を実施しない限り、日本株は上がりにくい状況が続くと考えられる。しかし、 防衛関連セクターや内需関連セクターなどは米国の新たな動きによる恩恵を受ける可能性があるだろう。日本が安全保障を負担すべく防衛費を拡大すれば国内防衛関連セクターにも恩恵がある、との連想は当面の間は消えてなくなることがなさそうだ。
防衛関連としては、三菱重工業 <7011> [東証P]や川崎重工業 <7012> [東証P]とともに重工大手3社の一角を占めるIHI <7013> [東証P]にまず目を向けたい。航空・宇宙分野に強みを持つ総合重機大手の同社は、防衛省が使用する航空機の多くのエンジンを製造している。26年3月期通期の連結業績予想は、営業利益で前期比4.5%増の1500億円を見込み、年間配当は前期比20円増配の140円を計画している。民間エンジン事業や防衛事業は引き続き堅調に推移すると期待できる同社の株価は、この1年間で3倍以上になっているが、PER(株価収益率)は16倍台と割高感は少ない。
このほか主要銘柄にはNEC <6701> [東証P]や富士通 <6702> [東証P]、沖電気工業 <6703> [東証P]など通信関連大手や、三菱電機 <6503> [東証P]、日本製鋼所 <5631> [東証P]、シンフォニア テクノロジー <6507> [東証P]、石川製作所 <6208> [東証S]といった銘柄があるが、防衛向け表示電子機器大手である日本アビオニクス <6946> [東証S]も見逃せないだろう。同社は防衛省向けの赤外線機器や航空電子機器を提供しており、防衛装備品の高度化・多様化に対応した製品群を持つ。26年3月期の連結営業利益は前期比14.4%増の32億円予想と2ケタ成長が続く見通しだ。年間配当も前期実績に4円上乗せとなる10円を計画。株価は好決算を反映して35年ぶりの高水準となってきた。
●内需好業績株も物色人気化へ 内需関連セクターは、円高進行による輸入コストの低下、特に原材料やエネルギー価格の抑制は、食品・物流企業の利益改善に直結することが予想される。また株式市場のリスクオフ地合いでは、安定収益型企業への資金シフト、例えば高配当・低ボラティリティ銘柄に資金が向かいやすくなる。加えて現状では、実質賃金の持ち直しと人手不足による雇用環境の安定などから、国内消費の回復継続が同セクターに注目する背景として挙げられる。
具体的な銘柄としては製粉大手のニップン <2001> [東証P]に注目する。原材料価格の下落と円高による輸入小麦コストの低減が利益率の改善に寄与する。国内需要に依存したビジネスモデルであるため、関税の影響を受けにくく、むしろ為替による恩恵を受けやすい。25年3月期の連結経常利益は前の期比4.8%増の243億9300万円。従来予想を上回り、減益予想から一転し経常増益で着地している。26年3月期は245億円と前期比微増の見込みながら、5期連続で過去最高益を更新する見通しだ。
自動車輸送の最大手であるニッコンホールディングス <9072> [東証P]は、国内事業が85%を占めるため関税の影響が少ない。燃料価格の安定と円高の影響も、コスト低減という形で業績を押し上げる可能性がある。25年3月期の連結経常利益は前の期比微増の239億6900万円。26年3月期は前期比22.7%増の294億円と、3期連続で過去最高益を更新する見通しだ。今期の年間配当は74円で、株式分割を考慮したベースで実質増配とする方針。株価は25年に入って約1.5倍になっているが、バリュエーション面でなお割高感は乏しい。
空調設備工事を手掛ける中堅の三菱重系企業、テクノ菱和 <1965> [東証S]にも目を付けておきたい。好調な受注や手持ち工事の順調な進捗などから、25年3月期の連結経常利益は前の期比55.9%増の99億3500万円に拡大した。26年3月期も前期比4.7%増の104億円に伸び、3期連続で過去最高益を更新、5期連続増収増益になる見通しだ。今期は年間配当を同4円増の104円に増配する方針を示し、取得総額上限22億円の自社株買いも発表している。株価は年初来高値を目指して回復基調にある。
これら以外にも内需系の好業績中小型銘柄として、オフィスビルなどへの不動産投資事業を展開するロードスターキャピタル <3482> [東証P]、不動産再生・開発のトーセイ <8923> [東証P]、建設コンサルティングの建設技術研究所 <9621> [東証P]、ガスや住宅販売などを展開するサーラコーポレーション <2734> [東証P]、建設機械レンタルのカナモト <9678> [東証P]などをマークしておきたい。
株探ニュース